純真(ナイーブ)過ぎる「産経新聞の外交政策」

2014年05月31日 06:00

「プーチン発言:威嚇恐れず毅然と対応を」と言う5月28日の産経新聞電子版【主張欄】記事を読んで、産経新聞にも平和ボケが伝染したのでは? と驚いた。

その主旨は「クリミア半島を武力でもぎ取り、自ら制裁を招きながら、プーチン大統領は日本の対露制裁が続くなら北方領土交渉を中止すると脅しとも取れるような発言をした。安倍首相はこの威嚇に屈することなく、むしろ、プーチン氏来日を白紙に戻すぐらいの覚悟が必要だ」と言う主張であった。


交渉時の情報処理に就いて、産経新聞の外交政策の指南役を務めている岡崎久彦氏は、その著「戦略的思考とは何か」の中で、19世紀のロシアの勢力がアフガン北境に迫り、インドが脅かされていると軍当局が頻りに訴えるのに対し、時の英首相ソールズベリー卿が『牧師に言わせれば罪を犯していない者はなく、医者に言わせればばい菌のついていないものはない。軍人に言わせれば国家一日たりとも安全を脅かされていない時はないのだが……』と物事は常識で判断すべき、と諭したエピソードを引用して、ペリーが浦賀に来航し「来年又返事をもらいに来るぞ」と言って立ち去った当時の日本の中央政府が、ロシアとの感化を強く受けた長崎奉行の「ロシアを頼み、アメリカを防がしむる」と言う提案をナイーヴな提案として退けた事は、日本の危機を回避出来た英断だったと称えている。

その岡崎氏は同じ著書の中で「永い国際紛争の経験を持つロシア外交は、物事の持って行き方、話の言い回しなど、極めて巧妙な伝統もあると言う事です。この点はむしろアメリカの方が単純、無策で、ざっくばらんと言うことができます。」とロシアの交渉力を侮る危険を説いているが、岡崎氏に「単純、無策」と指摘された米国外交に大きな影響を与えたキッシンジャー博士は

自国の価値観を広めようと言う観点から戦おうとする人々には敬意を表するが、外交政策は目標と共に、そこにいたる手段の選択が肝要である。若し、その手段が国際的な枠組み、或いは自国の安全保障上の許容範囲を超えると思われる時には、改めて取捨選択することが必要で、我々がしてはいけないことは、その選択の幅を狭める事である。

と、外交は常に将来的オプションを維持しながら、目標実現に役立つものでなければ意味がないと強調している。

岡崎、キッシンジャー両氏の立場は異なっても、外交は純真な理想より、国益に沿った現実的なものでなければならないと言う点では一致している。

国際手続きを無視したロシアのクリミア併合は糾弾されるべきだが、ウクライナの実情は産経新聞が主張する様な単純なものではない。

200万人を超える人口を持つクリミア自治共和国の帰属が無血でロシアに移行した背景には、クリミアの大多数の住民がウクライナ政府に強い不満を持っていた事と、ウクライナ臨時政府がキッシンジャー博士の教訓を無視して「国際的な枠組み、或いは安全保障上の許容範囲を超えた手段に出た事が、親露派につけいられた外交上のミスも無視できない。

クリミアのロシア併合を「非合法」だと非難する先進各国も、旧ユーゴ諸国の分割に当たっては特定地域の多数派による「民族自決」を支持して軍事介入しながら、中国の少数民族の自決には消極的な態度を続けるなど、その言動は良く言えば現実主義、悪く言えば大国のご都合主義に終始しており、この点ではロシアと変らない。

ソ連から分離後のウクライナの腐敗は想像を超えるものがあり「資金洗浄の大王」と言われ、スイス、イスラエルなどを舞台にあらゆる利権の仲介役を務めているユダヤ系国際マフィアのボス中のボスであるモギレビッチは、ロシア・ウクライナ両国の政界指導者の殆どと癒着関係にあると言われる。

こうしてウクライナでは権力と結びついた富豪が多数生まれ、スイスを中心とした税務便宜国に巨額の富を蓄える一方、貧困にあえぐ国民の腐敗に対する不満が頂点に達していた時に、かねてから存在していた民族や言語、宗教を巡った対立を煽る事で、西欧との結びつきを早めたい国粋主義者が、ロシア語使用者を刑事罰に処するなどの極端な法律を提案する挑発をした事も、ロシアに利用された事は否定できない。

G7が対露制裁に真剣だとすれば、イランや北朝鮮に対して実施したと同様、国際金融市場からロシアを排除する事が最も有効だが、対露金融制裁が論議され出すや否や、英米を始めとする世界の金融ロビーは「システミック・リスク」を起こす危険があるとしていち早くこの案は葬られ、又、ロシアの有力者個人への制裁に最も有効な手段は、スイスの金融機関との取引停止だが、これも金融ロビーや欧米の富豪の反対で討議される前に潰されてしまった。

米国や西欧の対露制裁が極めて及び腰な理由には、国際資金洗浄を通じ、マフィアに弱みを握られている金融界の懸念があるなど、複雑で国際的に入り組んだ背景があり、幸いな事にこの仕組みに入っていない日本には理解出来ない領域である。

これでも分かる通り、先進国の対露制裁の実態は「口先制裁」「形式制裁」の域を出ておらず、ロシアが受けた最大の被害は信用不安に依る資本の国外逃避であろうが、この不安解消を目指して開かれた今年のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムには、各国政府の勧告にも拘らず、相次ぐ不正行為で政府の訴追を受けている金融界を除く殆どのグローバル企業のトップが参加し、ロシアに対する積極姿勢を表明しプーチン政権を勇気つけている。

産経新聞が強調する先進7カ国(G7)との結束と言っても、G20が力を増した今日、G7のメンバーシップなどは名誉職程度の意味しかなく、国家的な実利は殆どない。

大国の思惑が複雑に絡む国際交渉、特に一度決まると変更の難しい領土問題の交渉には、狡猾、二枚腰、鉄面皮的な二枚舌やご都合主義も含む全力交渉が求められ、産経新聞の【主張】欄の様なナイーブな態度は日本の国益を損ねる愚論としか思えない。

刻々と変化するウクライナ情勢は、日本の意向とは関係なく当初とは全く異なる結末を生む可能性も否定できない。

このような情勢下で日本の選択は、対露制裁を解除してでも領土交渉を優先すべきで、これはプーチンの脅しに屈服する事ではなくウクライナや先進国の骨抜き対露制裁より、日本の国益を優先するだけの話である。

2014年5月30日
北村 隆司

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