老朽化マンションを建て替えさせる方法を考える --- 岡本 裕明

アゴラ

改正マンション建て替え円滑法が成立し、12月に施行開始となれば1981年より以前に施工された古いマンションがどんどん建て直されると期待する向きがあります。さて、この期待、果たして、その通りになるのか、考えてみましょう。

まず、この新しい法案で何が変わったかというと区分所有の住民の同意は100%から80%になりました。次に一定の要件を満たせば容積率にボーナスが付きます。更に反対する人には転居の支援金が支払われるとなっています。

ぱっと聞くと玉虫色とまでは言いませんが、国交省にしてはよく頑張った仕組みであります。では、現実を考えてみましょう。


あるマンションが耐震性に問題があるため本件に合意し、建て替えをするとします。そこであるデベロッパーに物件を買い取ってもらうこととします。土地代は減価しないので時価と考えれば損得勘定は一応横に置いておきましょう。問題は建物の価値です。築33年以上経っている上に取り壊す前提ですから価値はないと考えてよいでしょう。とすれば区分所有者が手にできる資金はえっと驚くほど少ないでしょう。

デベロッパーは建物を建てるにあたり、既存住民に優先取得権を提供したとします。しかし、現在の高騰する建設費を考えると建築費坪100万円を切るのは難しいと思います。とすれば80㎡の住宅ならばざっくり2500万円の建設資金が必要になります。この負担は当然ながらマンション建て替えに合意した各自の負担になります。築34年も経っているマンションに住んでいる方々がどのような方か、想定してみたら良いかと思いますが、通常は高齢者であろうと察します。つまり、住宅ローンを組めない可能性があり、建て替えられる新しいマンションには住めないという問題が生じるのであります。

ちなみに建物を建てる費用は建築費だけではありません。鉄筋の解体工事は相当かかるもの、そして、新しい建物の設計、許認可、細かく言えば登記の抹消、設定など積み上げコスト、金利負担は建築費に3割から5割上乗せになるとみられます。ユニットのレイアウトも揉めるかもしれません。なぜなら所有者の物件サイズは以前より小さな部屋になる可能性が高いからです。その上、仮に元住民がレイアウトでモノを言い始めればまず意見の集約はできません。

確かにこの法案では容積率の緩和、つまり、ボーナスフロアを設置することができます。具体的なボーナス%は分かりませんがそれが50%もあるわけがなく多く見積もっても10%から15%程度でありましょう(カナダにも同様の容積率ボーナスがありますが、往々にして数%であります)。このボーナス分がデベロッパーのモチベーションであり、建て替えを支持する住民にもメリットが期待できる要因となります。しかし、問題は仮に新たに建てられる物件に住むなら建築期間中の仮住まいの賃貸住宅の手当てであります。その費用はだれが負担するのでしょう。

結局のところ、建て替えはしたいが、区分所有する住民に「変化に対応する資金」(含む転居)がないということが続出し、この改正法案にしても建て替え促進させるにはかなりハードルが高い気がしています。事実、この法案が通過した後、株式市場で建築関係の株がさほどにぎわった気配はありません。つまり多くの専門家が机上の話と割り切っている公算があります。

では耐震性が劣る建物をどうするかですが、現実的には古い建物をだましだまし使うしかない気がしています。この問題の難しさは法律や組合の同意という点よりもマンションに住む人々の懐具合にあります。そして懐が十分暖かい人なら改築するマンションにそもそも住んでいないと思われ、やむを得ずそこに暮らしているとしか思えないのであります。

ここまで読んでいただいてわかっていただけたと思いますが、この法案は住んでいる住民のことよりも古い建物を建て替えを促進させることを優先しています。

それでは批判ばかりで創造的ではない、とお叱りを受けそうですのでどうしてもやる場合の私案です。

団地のようなゆとりある敷地を所有する場合には容積率をもともと目いっぱい使っていなかったりその後の緩和で容積率が数倍に膨れ上がるケースがあり得ます。仮に容積率が2~3倍以上になれば区分所有者の組合がデベロッパーと提携して再開発する方法が可能かもしれません。容積率3倍の意味とは3倍の容積の建物が建つので既存住民の建築コストの負担がかなり少なくて済むでしょう。一種の等価交換のようなものですね。

もう一つはもともとの所有者が資金的事情により新たに建てる物件に入居できない場合、土地売却資金を担保にしたローンやリバースモーゲージの組成のアイディアができなくもないかもしれません。ただ、これは対象者が一定の高齢者であることを前提としていますが、よく検討する必要がありそうです。

あとは建て替えるのではなく、既存建物を一度スケルトンまで戻して耐震補強を施して作り直し、ユニット数を増やし増分を分譲売却することで多少の資金負担を減らすという手法も考えられますが、これも区分所有者には資金負担がそれなりに大きなものになります。

究極的には既存建物の価値はない、よって土地価値から建物建築コスト分以上を生み出すスキームがないと建て替えを促進させるには難しさが出てくるでしょう。また、デベロッパーからすれば自社の新築の物件販売に影響しますからあまり積極策には出ない気がします。むしろデベより建築会社の方が向きの知恵かもしれません。こういう経済計算は本当に微妙なものだと思います。

長くなりました。今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年6月30日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。