「失敗」を怖れず「失敗」から学ぶという大切なこと --- 岡本 裕明

2014年07月13日 11:57

ありきたりの言葉ですが、「失敗は成功のもと」というのは含蓄がある言葉だと思います。

「成功するためには失敗せよ」とも聞こえるのですが、そういうわけではないと思います。失敗は結果としてそうなったということでそこに至る「チャレンジ」を評価する言葉ではないでしょうか? つまり、今の場所に留まらず、次々と新たなる世界に飛び込んでいき、そこで大いなる失敗をするからこそ、より経験の年輪が増えていく、ということかと思います。


大経営者は多くを語らないと思いますが、失敗した数やとても恥ずかしい経験は大物になればなるほど派手になるのではないでしょうか? それはその世界の流儀を知らなかったということになりますが、扉を開けて踏み込まないと一生自分の身につくことはありません。

ただ、大経営者と落ちこぼれになる境目は案外ここの地点にある気がします。

失敗した経験を必ずエキスにして更なる飛躍を遂げる前向きさ、ひたむきさを持つか、失敗した後悔の念に駆られ、その先、一歩も足が前に出なくなるか、というのが分かりやすいかもしれません。ゴルフの場合、ドライバーがスライスすると思い込み、いつまでたってもその癖から抜けられず、ドライバーが使えなくなるのか、どうやったらスライス病を治せるか徹底追及し、その間違いを見抜き修正できるか、と言ったらよいでしょうか?

日経電子版にあった起業者が失敗を語る「フェイルコン(Fail-Con)」。「フェイルコンは2009年、米サンフランシスコの起業家コミュニティーから生まれた。そのキャッチコピーとは『恐れるのはやめて、失敗を抱きしめよう』」という記事の説明になるほど、アメリカらしい発想だと思わず感心しました。日本では失敗を前向きに公表する動きはまずないでしょう。ユニクロの柳井正氏の著書「一勝九敗」は珍しい部類だと思います。

私も仕事人生の中で数々の失敗をしてきています。それこそ会社が無くなるのではないかというギリギリの状態や自分が追い込まれ、もう明日がないと思った時もあります。しかし、よくよく考えれば私の失敗人生というのは社会人になってから始まったわけではなく、かなり幼少のときからあったように思えます。気が小さいくせに大胆な行動をして、それが裏目になって取り返しがつかなくなったことは数知れず。しかし、その度に自分が「太く」なっていくことに気がつきます。

起業者向けに「失敗を恐れるな」とよく啓蒙していますが、社会人になってからそれを言われても案外遅いのかもしれません。日本の子供たちが異様に過保護のもとに育っていることが、起業マインドが足りないニッポンを作り上げたように思えます。それは学校ではケンカせず、体育で転んで血でも流せば親が怒鳴り込んでくるという自由度が効かない社会を子供の社会まで押し付けてしまった教育に私は疑問を感じます。

学校が荒れるのは抑圧された子供たちのマインドの爆発であると考えれば躾と失敗をさせる経験を持たせられなくなった親たちにもその原因はありそうです。日本は正に「よいこ」を作り出してきました。ですが、昔のコマーシャルではありませんが、「腕白でもいい、たくましく育ってほしい」の強さを磨くことも大事でしょう。

教育のスタイルというのは時代と共に変化しています。私が期待する変化とは子供達が経験を通じて失敗することにめげないようにさせることだと思います。今後いろいろなところで取り入れられてくれればと考えています。親は子供を型枠の中にはめ込まない、という認識がまず、ありきだと思います。

失敗は成功のもと、これは小さい時から失敗を繰り返し、どうやったらダメになるのか、痛い思いをするのか、その限度を知ることがその人を太くさせると思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年7月13日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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