患者による違法行為への対応 --- 平岡 敦

アゴラ

1.増加する患者による違法行為

患者による院内での違法行為が増えている。どこの病院でも多かれ少なかれ次のような患者の対応に苦慮した経験があるであろう。

(1)待合室で職員を捕まえて「待ち時間が長い」等のクレームを付け,大声で怒鳴ったり,謝罪を強要したりする。
(2)患者の望んでいる病名・症状の診断書を書けと強要する。
(3)診療内容や対応に対する不満を理由に,医療従事者に対して暴言を吐いたり,暴行を振るったりする。
(4)インターネットで病院の悪口を書く。


2.対応方法総論:病院の限界を理解してもらう

病院に落ち度がある場合もあろうが,それを理由に患者が違法行為を働いていいことにはならない。病院に落ち度があれば,穏当な態度でクレームを述べ,責任者からの謝罪を求めたり,損害賠償を請求したりするのが,法治国家である日本で許される患者の対応である。しかし,患者も感情的になっていることが多く,現実には行き過ぎた違法行為となってしまうケースが生ずる。そのような場合に,どのように対応すれば良いのか。

難しいことであるが,まずは患者に冷静になってもらうことが必要である。そのためには,患者の病院に対する過度の期待を払拭する必要がある。患者は病院に対して遠慮と同時に過度の期待を有していることが多い。医療従事者は専門職である。患者は医療従事者のことを「先生」と呼ぶなど,一定の敬意をもって接しており,そこには他のサービス業では見られない上下関係が存在している。加えて,保険診療の場合,サービス提供者と受領者の間で直接やり取りされる金銭が低額に抑えられているという特殊性がある。これが本来,準委任契約であるという医療契約の本質を曖昧にしている。このような上下関係や対価関係の希薄さなどの医療契約の特質が,患者の医療従事者に対する従属とその裏腹の過度な期待を生んでいる。そして,その過度の期待が裏切られたときに,患者の対応は冷静さを欠き,峻烈なものになりがちである。

したがって,感情的になる患者に対しては,病院も対価関係を基礎にサービスを提供しており,常識的な範囲を超える過度のサービスや結果を提供できるものではないことを理解してもらう必要がある。病院もその持てる施設と人材の範囲内で,医学的な限界の中で,提供可能なサービスを提供しているに過ぎず,万能の存在ではないことを分かっていただく必要がある。

3.法的対応

それでも患者が冷静になれず,不幸にして患者の行為が限度を超えてしまった場合,法的な対応を考えざるを得なくなる。法的な対応と言うと究極的には「訴える」ということになる。法治国家ではそれがあるべき対応である。しかし,いきなり司法機関を利用することは,いたずらに患者の感情を刺激し,話し合いによる解決を阻害する恐れもある。そこで,訴える前にまず考えるのは,司法機関を利用せず,当事者間で和解をすることである。その第一歩として,まず書面で以下のような事実を告げることが通常である。

(1)患者の行為を特定し,病院としての事実関係に対する認識を明らかにする。 ※往々にして患者の認識とズレがある。
(2)病院が,患者の行為を違法行為であると考えていることを告げる。
(3)今後,そのような行為をしないように求める。
(4)場合によっては,今後,患者の診療を行うことはできないことを通告する。
(5)病院に損害が発生していて,看過できない金額である場合は,金額を明示し,賠償を求める。
(6)病院の要望に応じてもらえない場合には法的措置を執ることを予告する。

上記の通知を院長や理事長名(病院名義)で出すのか,代理人弁護士名で出すのかも悩みどころである。書面作成を弁護士に委任しても,提出する書面の名義は病院名義で出すということも考えられる。弁護士名義の通知が来ることのインパクトが大きいからである。本来,紛争状態が生じているのであるから,法律専門家である弁護士を代理人にすることは合理的な行為であり,弁護士を代理人にすること自体について,なんら感情的になる必要はないはずであるが,現実はそうではない。人によっては「喧嘩を売られた」と考えてしまう患者もいる。逆に,弁護士名の文書が来ることで,病院の本気度が伝わり,患者を翻意させるという効果もある。どちらに転ぶかはやってみないと分からないところもあり,確実なことは言えない。

4.民事的対応

通知を送ることで,患者が違法行為を止めたり,損害賠償を行ったりするなど,病院の要望が受け入れられれば問題はない。しかし,不幸にも患者が病院の要望を聞かず,違法行為を続けたり,損害賠償に応じなかったりした場合,裁判所の力を借りて,病院の要望を実現することになる。

裁判所の力を借りるには,2つの方向性がある。1つは,民事的対応であり,もう1つは刑事的対応である。このうち,まず優先されるべきは民事的対応であろう。なぜなら,刑事的対応とは,究極的には,患者の生命や自由を奪って制裁を加えることを希望するということであり,できるだけ謙抑的に用いるべきだからである。軽微な違法行為でも,前科があったりすると,それだけで実刑判決を受ける可能性は充分にある。刑事的対応とは,そのような性質を有するということを,充分に考慮すべきである。

民事的対応という場合,原則は,裁判所に対して,違法行為の差止や損害賠償を求める通常訴訟を提起することになる。一般的に「訴える」というやつである。しかし,通常訴訟は,短くても1年近い時間が掛かるので,緊急に違法行為の差止を求める必要があるケースには向かない。

そのような場合,違法行為差止の仮処分を求める申立を行うことになる。仮処分であれば,通常1回の審尋で裁判所の判断が下される。このように簡易で迅速な判断が出る代わりに,判断に誤りがある場合に備えて,裁判所に対して担保を提供する必要がある。担保の額は違法性の確実さや被害の程度などによって異なるので,一律に何万円ということはできない。担保は,違法行為があったことが通常訴訟で確認されたり,患者と和解が成立して患者が認めたりすることで,返還してもらえる。

仮処分で損害賠償を求めることは困難なので,損害賠償を求める場合は,時間は掛かるが通常訴訟によることになる。通常訴訟で勝訴判決を得たら,患者に対して判決に従って支払うように求めることになる。しかし,実際には判決を得ても任意には支払わないこともある。そのような場合には,判決にもとづく強制執行を裁判所に対して求めることになる。強制執行の中で最も実効性が高いのは不動産の差押えであるが,一般的に患者がどのような不動産を有しているかは分からない。したがって,通常最も効果のある方法は患者の勤務先に対する給与の差押えである。

5.刑事的対応

患者による暴行で医療従事者が怪我をしたり,患者の行為が執拗で恐怖を感じたり,業務に対する支障が著しいような場合,刑事的対応もやむを得ない。刑事処分を求める場合,加害者である患者がまさに犯行を行っている最中に,最寄りの警察署や交番に電話して警察官の臨場を求めるケースと,犯行が終了した後に警察や検察官に告訴を行うケースの2種類が考えられる。

前者の場合,ほぼすべてのケースで警察官が現場に急行してくれることになる。しかし,すべてのケースで現行犯逮捕となるわけではない。犯罪の成否及びその処理には,いくつかの段階が考えられる。まず,刑事理論的に犯罪成立とは言えない段階。この段階では警察官が臨場しても,何もできない。具体的に犯罪成立と言えるか否かは,専門的な判断であり,個別の犯罪類型によって異なるので,一言では言えない。次に,犯罪成立とは言えるが,被害の程度が軽微であったり,犯人にも情状酌量の余地があったりして,犯罪として立件するのが適当ではない段階。この段階では,臨場した警察官が双方から事情を聞いた上で,加害者に説諭をして終わりということもある。しかし,警察官に説諭されるだけでも,その抑止・牽制効果は大きい。最後の段階は,犯罪として成立し,かつ,起訴を目指して捜査をする必要性がある段階である。この場合,逃亡の恐れや証拠隠滅の恐れがあると判断されれば,逮捕勾留されることもある。患者の行為がどの段階に当たるのか,また身柄拘束の必要性があるのかは,臨場した警察官の判断となるので,呼んでみなければ分からない。

後者(後日に告訴)の場合,弁護士など専門家に相談して,患者の行為が犯罪に該当するか判断した上で,該当するのであれば,告訴状を作成し,所轄の警察署又は検察庁に提出することになる。しかし,犯罪の成否,成立するとして捜査するか否かの判断が捜査機関に委ねられていることは同様で,告訴したから必ず捜査してくれるというわけではない。犯罪が成立しないと判断されれば,何もしてくれない。犯罪が成立しても捜査するまではちょっとという場合は,犯人である患者に対して呼び出すか電話をした上で説諭してくれるくらいのことは期待できるかもしれない。

6.最後に

患者の違法行為に接して冷静でいられる人は少ない。患者も感情的だが,それに接する医療従事者も感情的にならざるを得ない。そのような場合には単独で物事を判断せず,複数人で多角的に物事を捉えて上で,可能ならば専門家の意見も聴いた上で判断をすべきである。また,予め対応方法を検討し,最寄りの警察署や交番の電話番号を確認したり,相談できる弁護士を確保したりしておくことが肝要である。

平岡 敦
弁護士


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年7月23日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。