再増税慎重論・反対論に問われる説明責任

2014年10月25日 21:26

 消費税率を予定通り来年10月に10%に引き上げるか否か、安倍晋三首相は年内に最終判断を下すという。ここにきて、再増税に慎重な意見、そもそも反対の意見が出ていて、再増税することは白紙であるかのごとく、主張している。再増税をするなら、国民に納得のいく説明が必要とすら言わんばかりである。
 そもそも、消費税率を来年10月に10%に引き上げることは、国民の代表機関であり国権の最高機関である国会で議決された法律で決まっている。それは、上から目線で言っているのではなく、謙虚に受け止めるべき事実である。それを覆さない限り、予定通り引き上げられる。この賛否を言うのは当然ながら自由である。しかし、法律を改正してこれを覆したいなら、なぜ法改正すべきなのかを説得的に説明できなければならない。
 いま、国民に対して説明責任を負っているのは、再増税する側ではなく、再増税を止めるべきとする側にある。ここの誤認が、根本的に、目下の議論を見当違いなものにしている。
 再増税慎重論・反対論に問われる説明責任とは、少なくとも次のようなものである。


 問われる説明責任は、基本的に、予定通りに引き上げるよりも引き上げない方が、現在および将来の国民にとって確実に望ましくなるといえるか、である。より細かく言えば、

  • (1)消費税率を予定通りに引き上げないことによって景況の改善が確実に見込めるか
  • (2)消費税率を予定通りに引き上げないことによって、今の高齢世代には、現行法に基づき社会保障給付を予定通り支給するものの、追加的に税負担を求めることができず、受益と負担の世代間格差は拡大するが、世代間格差是正の別の手立てを示せるか
  • (3)消費税の増税分で実現しようとしていた社会保障給付の充実はご破算となるが、それを代替する対処方針を納得できる形で示せるか
  • (4)消費税の増税分の一部(地方消費税)は地方自治体の税収となるが、これがなくなることで生じる地方財政の収支悪化に、国としてどう対処するか

 少なくとも、これらを説明できなければならない責任を果たしたとは言えない。※

※ 既に記した拙稿「もし消費税を10%に上げなかったら?」では、上記の4つのうち(2)が異なり、2015年度の財政健全化目標の達成について挙げている。これも重要だが、本稿では文脈に合わせて上記のように改めた。

 (1)をめぐっては、再増税を1年半ほど延期しても、国債金利は上がらないとの見方がある。しかし、それは、再増税を延期したとして、その直後から日本銀行が「異次元緩和政策」によって、国債の買い入れをさらに積極的に行うとの見通しが前提だ。そうした見通しが、海外の機関投資家から出始めているという。
 日銀の国債買い入れによって国債金利上昇を抑えることは、海外の機関投資家にとっては好都合だろう。しかし、日本国民は、生活に用いる日本円の通貨価値と無縁でいられるはずはない。日銀の国債買い入れを増やせば増やすほど、通貨供給は増えに増え、デフレ脱却につながるならめでたいが、デフレが終わったかと思いきや、たちまち過度なインフレ率になりかねない。
 より専門的に言えば、日銀が「異次元緩和政策」として、2~3年という満期の短い国債を買い入れているうちは、満期が程なく訪れて買い入れが自然に打ち切れる。しかし、財政健全化に目途が立たない中で長期金利の上昇を抑えるべく、7年とか満期の長い国債をもどしどし買い入れることになると、「出口」が近づくときに買い入れた国債がまだ満期を迎えていなければ、日銀は機動的に対応できず、「異次元緩和政策」による通貨増発で通貨価値の下落を助長する恐れがある。黒田東彦日銀総裁も懸念を示す、国債買い入れが財政赤字ファイナンス(マネタイゼーション)を惹起させる事態である。
 デフレ期には通貨量と物価変動に相関があまりないとしても、一たび物価が確実に上がり始めれば、通貨量の増加は通貨価値の下落を引き起こす。この円の価値の下落は、国内物価よりも先に外為市場で過度な円安という形で具現化することもありうる。
 ただでさえ、現状の円安でも日本の企業や消費者にとって不利になり始めていることを考えると、諸手を挙げて円安を歓迎できるわけではないのが実情だろう。このように、再増税を先送りしたときに、国債金利を低く抑えられたとしても、それと引き換えに増発される通貨が、(デフレ脱却という好事をもたらしたとしても)どんな別の災いをもたらすか懸念される。

 再増税を先送りして、景況の改善が確実に見込まれるのか。再増税をすれば景気の腰折れが懸念されるとの見方は示されても、再増税を先送りすれば景況が改善するとの見方が、経済学界でも納得できる形で顕著に示された例は、私が知る限りない。
 成長戦略、あるいは生産性向上に向けた取組みは極めて重要である。労働力人口の減少が見込まれる上に、目下多くの業種で人手不足も顕在化している。しかも、中小企業でも人手不足が進んでいる。この部分の現象は、需要不足というより供給不足である。その中で、需要不足であると囚われて、供給側への対策を講じることなく、再増税を先送りしても、問題の解決にはならない。
 再増税によって影響を受けるのは需要側であって供給側ではないことに鑑みれば、供給不足対策と再増税は両立できるものともいえる。再増税を先送りするだけで、あたかも目の上のタンコブが取れたかのように思い込み、別途何らかの生産性向上策を具体的に実行しないようでは、再増税を先送りしても景況の改善が見込めるはずはない。

(2)については、1年半といえども再増税を延期すれば、今の高齢世代からの追加的な税負担が得られなくなる。その分、受益と負担の世代間格差は助長される。今の高齢世代にとって、再増税の先送りは、1年半といえども無視できない期間の負担軽減となる。もちろん、再増税によって、今の若年世代も負担増となるが、高齢世代も負担増となる。しかし、まだ見ぬ将来世代は負担減となる。政府の方針では、予定通り再増税されれば2017年度に上がる消費税増税分の税収約14兆円のうち7.3兆円は後代への負担のつけ回しの軽減とされる。さらにいえば、同じ約14兆円のうち0.7兆円は子ども子育て支援の充実に充てることになっているから、今の若年世代にも恩恵が及ぶものがある。
 再増税を先送りする代わりに、2017年度に7.3兆円に及ぶ高齢者向けの社会保障給付を削減するという策をパッケージで言うならまだしも、今のところ再増税慎重論・反対論の側から、社会保障給付削減の実効性ある具体策について、言及はほぼない。受益と負担をめぐる世代間格差の問題は、人口減少・少子高齢化社会において看過できず、この世代間対立を緩和してこそ、日本の経済や社会の制度を持続可能にする。

(3)については、再増税を先送りすれば、消費税の増税分で実現しようとしていた社会保障給付の充実はご破算となる。特に打撃を受けるのは、前述のように、子ども子育て支援である。子ども子育て支援は、再増税による財源で新施策をスタートするという制度設計で臨んでいるからである。高齢者向けの社会保障給付は、現行の法律に基づき既得権があって、法改正をしなければ給付を出さざるを得ない。
 消費税の再増税を先送りして、赤字国債でこれを賄うとすれば、(2)の世代間格差を助長する。では、所得税、例えば配偶者控除の改編(拙稿「配偶者控除見直しの真の狙いは」などを参照)によって財源を得て、子ども子育て支援の新施策に充てる、ということができるなら、まだわからなくはないが、再増税慎重論・反対論の側からはそうした具体策はほぼ出ていない。需要不足観に囚われ、消費税のみならず、所得税も増税反対と言っている節があるから、こうした具体策はでないのだろう。
 再増税慎重論・反対論の側からは、消費税の再増税先送りだけは明言するが、この国の社会保障給付を今後どうするかについて明言をほぼ避けており、このままでは説明責任を果たせたとは言えない。

(4)については、消費税率の再引上げで、地方消費税率も引き上げられることになっている。消費税率が10%になれば、そのうち税率2.2%分は地方消費税、税率1.52%分は地方交付税財源となり、合わせて税率3.72%分が地方自治体の財源となる(残りの税率6.28%が国の財源)。その上、内閣改造後の安倍内閣で目玉政策とされる「地方創生」でも、地方自治体に財源が必要とされている。そんな中で、再増税を先送りすれば地方財政の収支はどうなるか。
 以前から、地方自治体は医療や介護、生活保護を中心に、社会保障給付を直接出す窓口となっている。その財源は、地方消費税だけでは足りず、住民税や固定資産税等、さらにはそれだけで足らないなら赤字地方債(臨時財政対策債)で賄っている。
 そうした実情を踏まえれば、再増税できれば、地方消費税や(消費税収も財源となる)地方交付税で社会保障給付の財源を賄える部分が増え、住民税や固定資産税等を社会保障給付以外の支出(教育、地域活性化等)に充てる余地が広がる。しかし、再増税を単に先送りするだけでは、これが実行できない。
 地方公務員の人件費を削減すればよいと思う人もいるだろうが、再増税の先送りとセットで地方公務員人件費を削減せよという話を具体的な金額を含めて提示されている例を、未だに見たことがない。これでは、説明責任を果たせたとは言えない。
 ちなみに、「地方創生」自体を止めろという意見もあろうが、「地方創生」を止めても再増税も止めれば、前述の問題を解決できるわけではない。

 これらは、再増税慎重論・反対論に対する脅しではない。そもそも、上記の(1)~(4)についての説明責任が、再増税する側ではなく、再増税を止めるべきとする側に問われているが、いまだその説明責任は果たせていないということである。

「再増税慎重論・反対論に問われる説明責任・続」に続く・・・

土居丈朗(@takero_doi

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土居 丈朗
慶應義塾大学経済学部教授

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