「この道しかない」ってどんな道?

池田 信夫


衆議院選挙が公示されました。これは「アベノミクス解散」というのだそうです。安倍首相は「景気回復、この道しかない」といっていますが、意味がよくわからない。郵政解散のときみたいに、国会でアベノミクスが否決されたのならわかりますが、それを今やってるのに解散してどうするんでしょうか?


アベノミクスのことを「成長重視の政策」と思っている人が(特に外人に)多いが、これは誤解です。アベノミクスの唯一の特徴は輪転機ぐるぐるでお札を印刷する金融政策で、成長率を上げる効果はありません。現に今年は、マイナス成長になる見通しです。なぜこんなちぐはぐなことになったんでしょうか?

その原因は、アベノミクスが需要側しか見ていなかったからです。デフレが続いた原因は、日本経済の総需要が総供給より少なかったためで、このために需給ギャップ(総供給-総需要)がマイナスでした。需要が供給より少ないと、値段が下がるので、デフレになります。このギャップを縮める方法は、二つしかありません。

 ・需要を増やすこと
 ・供給を減らすこと

アベノミクスで総需要を増やしたのは、「第2の矢」とよばれる財政政策でした。2年間で15兆円も補正・復興予算をばらまいたので、GDPが2年で10兆円(2%)ぐらい増えたのです。これは当たり前ですが、バラマキが終わったらもとにもどります。

実はアベノミクスの最大のねらいはインフレではなく、円安だったのです。これは予想以上の効果があり、2年間で4割以上もドルが上がりました。おかげで牛丼や100円ショップの商品も値上がりしました。他方で給料は変わらなかったので、サラリーマンは実質的に貧しくなりました。これを図で示すと、次のようになります。

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これはちょっとむずかしい(中学でならう)需要と供給の考え方ですが、アベノミクスのほとんど唯一の効果は円安で輸入品が値上がりし、供給が減ったことです。おかげで需給ギャップが縮まり、物価が上がりました。

特に原油価格が円ベースで4割も上がったのが大きく、エネルギー価格は2年で2割ぐらい上がりました。おまけに民主党政権が勝手に原発を止めたので、LNG(液化天然ガス)の輸入が3兆円(GDPの0.6%)も増えました。図でもわかるように、供給が減るとインフレになって物価がPからP’に上がり、GDPがYからY’に下がります。これがマイナス成長になった原因です。

しかし原油価格(ドル建て)はここ半年で4割も下がり、物価も下がり始めました。日銀の黒田総裁は、あわてて追加緩和をしましたが、この原因はOPEC(石油輸出機構)とアメリカのシェールオイルの競争なので、日銀が国債を買い占めても原油価格は上がりません。

でも供給を減らした最大の原因である原油価格が下がると、図のY’はYに戻るかもしれません。これはみなさんにとってはいいニュースですが、「2%のインフレ目標」を約束した日銀にとっては悪いニュースです。

原油価格は大きく値下がりしているので、インフレ率はこれからも下がり、来年はデフレに戻るかもしれません。そうなると黒田さんのメンツは丸つぶれで、「2015年3月までに2%にならなかったらやめる」と国会で約束した岩田副総裁はやめるしかないでしょう。

でも黒田さんと岩田さん以外のすべての国民にとっては、原油価格が下がるのはいいニュースです。来年の後半から、安倍さんの期待している「景気回復」がおこるかもしれませんが、それはアベノミクスのおかげではありません。

そんなわけで「この道」はもう袋小路ですが、安倍さんは野党がグダグダのうちに解散したかったんでしょう。彼のねらいどおり、自民党は300議席をとる勢いです。やっぱり、この道しかなかったんですね。