なぜ首相が「可哀想」なのか --- 長谷川 良

アゴラ

「可哀想」という形容詞は政治の世界では不似合な表現かもしれないが、“この人”を見ているとどうしてもその言葉しか浮かんでこないのだ。アルプスの小国オーストリアのファイマン首相の話だ。欧州連合(EU)の首脳の面々をみれば、首相職6年目に入るファイマン首相はメルケル独首相と共にベテランの首脳陣に入る貴重な政治家だが、残念ながら国内外で少々、ライト(軽い)な印象を与えている。小柄だからではない。政治家としてプレゼンスがないのだ。

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▲第43回党大会で演説するファイマン首相(社民党のHPから)


なぜ、ファイマン首相を急に可哀想と思ったのかといえば、与党・社会民主党の第43回党大会(11月28~29日)で党首として再選されたが、首相の支持率は何と約84%だったのだ。前回党大会の時もそうだったが、今回も支持率を上乗せできずに惨めな結果に終わったのだ。

再選したのだからいいではないか、という問題ではない。党内で首相を支持した党使節団は全体の84%に過ぎなかった。党大会で党首支持率は通常90%以上というのが相場だ。繰り返すが、ファイマン首相は84%に過ぎなかったのだ。

理解を深めるために例を挙げる。社民党と大連立を組んでいる国民党(独「キリスト教民主同盟」CDUの姉妹政党)は社民党大会に先駆けて党大会を開催し、ミッテルレーナー党首(副首相)を99%以上で支持したばかりだ。目を外国にむけると、フランスの極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ル・ペン党首はなんと100%の支持を受けて再選されたばかりだ。ファイマン首相の84%が如何に惨めな結果かが理解できるだろう。面子が丸つぶれなのだ。

それでは、「なぜ、ファイマン首相は社民党内の支持が少ないのか」だ。換言すれば、なぜ、ファイマン党首は首相を務めていながら肝心の党内で厳しい批判にさらされているのか、だ。答えは案外簡単だ。国民党との大連立政権にその原因があるのだ。

社民党と国民党の2大政党から構成された第2次ファイマン政権は今年で6年目と順調にいけば任期5年2期で10年間の長期連立政権時代となる。本来ならば、安定政権と評価されても可笑しくない。首相が毎年変わる隣国イタリアと比較すれば、オーストリア政界は安定そのものだ。しかし、ファイマン首相が党内で人気がない理由は実は“そこ”にあるのだ。長期政権で退屈だから人気がないのではない。党の公約を何一つ実行できないからだ。

例を挙げてみよう。富裕税、財産税導入などの税改革や、全体学校導入など学校改革は社民党が選挙の度に有権者に約束してきたが、政権パートナーの国民党の反対でこれまで実現できずにきた。換言すれば、政策が全く異なる2大政党だから、国民党と連立政権を組んでいる限り、社民党の政策を貫徹できないのだ。何か提案しても相手から直ぐに拒否される、「俺たちは第1党だぞ」と叫んでも国民党は全く尊敬を払わない。両党の利権が直接絡む行政改革などもともと実施できない。このようにして大連立政権はこれまで6年余り続いてきたのだ。

欧州は経済停滞期に入っている。オーストリアは観光業からの収入で財政赤字をなんとか補填してきたが、ここにきて破たんした銀行の処理問題に直面し、大赤字を余儀なくされている。大連立政権は当惑するだけで解決能力を既に失っている。すなわち、ファイマン連立政権は長期安定政権というより、“時間だけが経過し、何も実行できない無策な政権”と冷笑されても可笑しくないのだ。

社民党党大会でファイマン首相が歴代最悪の支持で再選されたのは、政治信条が異なる国民党との連立政権にしがみついている党首への批判票といえるわけだ。社民党内では「富裕税の導入など税改革を貫徹するか、それとも連立政権の解散、総選挙に打って出るべきだ」という声が高まっているわけだ。

ところで、同国の複数メディアの世論調査によると、新党首を迎えた国民党がトップに躍進し、極右政党自由党と社民党が2位争いを展開している。世論調査結果を見る限りでは、ファイマン首相は今、連立政権を解散し、早期総選挙に出れば、第1党どころか、野党に下落するのが目に見えているのだ。

党内で批判の声を受け、連立政権を維持すれば、更に強い批判を受ける。そのうえ、日本の安倍晋三政権のように颯爽と総選挙に打って出ることもできない。当方が「可哀想だ」といったのはそのような意味合いが含まれているのだ。政治用語としては不似合な「可哀想」という言葉がファイマン首相には、残念ながらピッタリするのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年12月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。