「天下の朝日」の新しい友達探し --- 長谷川 良

アゴラ

慰安婦問題と福島第1原発問題の報道で歴史的な間違いと意図的な偏向報道をしてきた朝日新聞は目下、国内のメディアばかりか政府、国民まで、あらゆる層からバッシングを受けている。自身が撒いた種だから、その結果を刈り取るのは当然で、本来、誰も同情しないだろう。


ところで、誰にも友達が必要だ。独りで歩む人生は淋しいからだ。苦難を理解してくれる真の友達を探しているのが偽りのない人生だろう。「天下の朝日」と自負してきた朝日新聞も現在、新しい友達を必死に探しているところだろう。

世の中には、水に落ちた人を徹底的に叩き、岸に這い上がれないようにする人と、溺れている人がいれば、その信条や過去の罪状とは関係なく、救いの手を差し出そうとする人がいるものだ。

朝日新聞が連日、政府関係者、同業者の仲間から殴打されている姿をみて、手を差し出そうとする後者の人が出てきても不思議ではない。ある意味で、バッシングが激しさを増せば、それを救おうと手を差し伸べる人が出てきてもおかしくはない。

私たちが生きている社会は論理や事実だけで動かされているのではなく、人情が幅を利かす世の中だ。狡猾な「天下の朝日」はそのことを十分知っているはずだ。自身に手を差し出そうとする人が出てくるのを首を長くして待っているはずだ。

それでは、「溺れようとする朝日」に手を差し出そうとする人(グループ、機関)はどのような人だろうか。慰安婦問題や原発問題で朝日をこれまで支援し、朝日新聞の記事を武器に戦ってきた反政府活動家、反原発関係者たちはここ暫くは朝日を擁護できないだろう。自身の主張や見解の信頼性を自ら破壊することになるからだ。事態の推移を静かに見守りながら、朝日バッシングが終わる日を待つだろう。

いずれにしても、朝日にとって、彼らは旧友だが、今緊急に必要としている新しい友達ではない。「困った時の友こそ真の友」(friend in need is a friend indeed)という諺があるが、彼らは朝日の真の友ではない。

それでは誰が「天下の朝日」の新しい友達になれるだろうか。朝日と同じように頻繁に誤報を繰り返してきたメディア機関だろうか。朝日が犯した誤報は恣意的であり、その影響は国家の名誉にも及ぶものだった。そのようなメガ級誤報は日本では朝日しかできない。だから、他のメディア機関も唖然とするだけで、あえて同情することはできない。とすれば、同業者から朝日の新しい友達になるメディアやジャーナリストが現れる可能性は少ない。

唯一、考えられるのは、海外メディアが朝日を擁護することだ。彼らの多くは日本の歴史やその動向に精通していない。特に、米国メディアは上からの視点が多いから、些細な点も諭すような論調で批判する傾向がある。ニューヨーク・タイムズなど米メディアは朝日誤報事件が明らかになった後もまだ事態の深刻さに気がついていない。

もちろん、政府主導の反日報道を繰り返してきた中国や韓国のメディアはこれまで自身の反日攻撃の材料を提供してくれた「天下の朝日」がこのまま沈没すれば困る。しかし、誰の目にも誤報と分かる慰安婦問題や福島第1原発関係の朝日報道を表立って擁護できないから、事態の好転を待つ以外にない。

すなわち、「天下の朝日」が近い将来、新しい友達を見つけ出す可能性は少ない。現実的なシナリオは、ここ暫くは旧友の励まし以外は期待できない。

ここまで書いて、「天下の朝日」とローマ・カトリック教会の総本山バチカンが酷似していることに気が付いた。聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発したバチカンと、誤報で国家と民族の名誉を傷つけた「天下の朝日」の現状は、信頼性を一度失うとそれを回復することが如何に難しいかを端的に物語っている。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。