左右両翼を切り捨てた後の政治の選択肢

2014年12月30日 13:35

私はTwitterを愛用しているが、礼を失した物言いをする人や、極端な意見を断定的に開陳する人たちにもかなり丁寧に返事をしている。それを褒めてくれる人もいるが、概ねは「よくそんな時間がありますねえ」と呆れられるのが普通だ(私はブロックも滅多にしない。やむなくブロックをするのは、性格があまりに粘着質で、次第に論理が破綻していくのもお構いなしに、こちらが忍耐の限界に達するまで、同じ主張を何度も繰り返す人たちだけだ)。


何でそこまで丁寧に返事をするのかと言えば、色々な人の色々な意見を聞けるからという事だけではなく、その人たちの信念(思い込み)の背景にどのような価値観があるのかを知る事、更に言うなら、どのようにしてその思考回路が硬直化してしまうのかを知る事が出来るからだ。

短い期間の検証だけで大した事がわかるわけでもないが、一つの傾向として目に止まるのは、こういう人たちの思考の中では、或るグループの人たちの言説に強い影響を受けた「結論」が先にあるのが普通だという事だ。社会的にも名の売れた人の考えと自分の考えが一致しているという事は、この人たちにとっては大きな心の拠り所となり、その考えを自分の言葉で増幅させる事で、心が高揚するのだろう。こうなるともう、誰に何を言われようと、「これまで信じていた事を今一度疑ってみて、先ずは自分の頭で考え直してみる」というような事は金輪際しない。

こういう人たちは、自分と考えが異なる人たちにレッテルを張って罵倒するのも大好きだが、相手方にも通常同じ傾向があるので、彼等は最後までお互いに罵り合う。「一つ一つの問題について是々非々で考える」という習慣がないので、当然の事ながら、「妥協出来るところは妥協しよう」という意欲もない。従って、議論すればする程、議論に負けまいとしてむしろ頑なになり、元々の自分の考えに対する執着がより強固になるという傾向がある。

さて、ネット上での議論だけなら、現時点ではまあ何という事はないが、今後ネット上の議論の流れが実際の政治に大きな影響を与えるようになると、この事はもう少し丁寧に考えておく必要があると私は常々思っていた。国民の考えが両翼に分かれて鋭く対立すると、政局は不安定になり、国際的にも信用を得られなくなるからだ。

しかし、結論から言うなら、そんな事にはあまり心配する必要はないようだ。最近は、高齢の政治家ほど、ネットでの若者たちの議論に右翼的な傾向が見られるのに勇気付けられて、過大な期待を持つに至るようだが、その期待は結局は裏切られている。今回の衆院選での「次世代の党」の惨敗にも見られるように、実際には右傾化は局地的な小さな現象でしかないようだ。一時は新しいタイプの右翼政党になるかとも思われた「維新の党」も、当面は「鳴かず飛ばず」の状態を脱するのが難しいだろう。

一方の左翼はといえば、こちらのほうは「昔の名前で出ています」という傾向が益々強くなっているように思える。「原発ハンターイ」と叫んでデモ行進をする手法も昔のままだ。共産党の躍進にも見られるように、「斬新的な社民(企業内組合)勢力」には制度疲労が顕著だし、「新しいタイプの革新勢力」はまだその萌芽さえ見られない。山本太郎氏は、本来は共産党に一番近い立場の筈だが、共産党の権力構造はそんなに生易しいものではないから、政党助成金が欲しい小沢一郎氏の追随者に擦り寄られて、これに合体する以外に道がなかったかのようだ。

さて、それでは、現実の政治はどうなるのだろうかと考えると、結局は、左右両極を切り捨てた「中道」の中での「是々非々の議論」に終始するのではないだろうか。それは決して悪い事ではない。自民党の中であれ、外であれ、安倍首相が「やり過ぎる」事を監視する勢力が力を維持してくれれば、それだけで満足すべきかもしれないと、今となれば私も思う。元々我々は毎年首相が代わるような不安定な政治に失望してきたのだから、しばらくは安倍首相に任せてみる事で良いのではないだろうか?

但し、私は、今後の政治の岐路を下記の4点で捉えるべきという考えで、そのそれぞれについて、チェック・アンド・バランスがうまく機能するというのが必須条件と考えている。この個々の項目について、皆さんのお考えはどうだろうか?

  1. 財政・金融政策

    安倍首相は衆院選の勝利を口実にアベノミクス路線を徹底的に推し進めようとするだろうが、これは極めて危ういので、「ミニバブル発生」のような「危険の兆候」が見えてくれば、自民党内にこれを押し止める「造反勢力」が出てくる事に期待したい。

    私はアベノミクスには必ずしも反対ではなく、その心理効果には若干期待するところさえもあったが、それはあくまで、実体経済に効果をもたらす「第三の矢」を放つまでの時間稼ぎとして「第一の矢」と「第二の矢」を見たからであり、「第三の矢」がどうなるかが未だに見えない現状で、更に「第二バズーカ」を発射するのを見るに至っては、心配のほうが格段に大きくなってきている。心配とは、言うまでもなく「財政危機が大規模な外国人の日本売りを招き、これがハイパーインフレを引き起こす」という破滅的なシナリオだ。

  2. 産業政策(第三の矢)

    上記の懸念を解消する唯一の道は、言うまでもなく、「第二バズーカ」よりも強力な「第三の矢」を、敢然として放つことだ。「TPP」もその一つだが、最も重要なのは「岩盤規制の撤廃」と「既得権への切り込み」だ。「TPP」のほうは、慎重にやらねばプラス面よりマイナス面のほうが多くなるというリスクもあるが、この二つは「首相が支持者の不興を買う」事以外にはマイナスは何もないのだから、何としてもやってほしい。首相がもしこれを本気でやってくれるのなら、他の全ては許容しても良い。

  3. エネルギー政策(原発に関する政策)

    エネルギー政策の根幹は、とどのつまりは「原発をどうするか」という事だ。現状では「左翼勢力」が「原発即時撤廃」を声高に叫んでいるが、本来は「反原発」は「『住民の不安』に対する対応を『経済競争力強化』よりも優先させる」という「一つの政策的選択肢」である筈であり、「左翼思想」とは何の関係もないものだ。

    であるならば、観念論に偏った現在の議論のあり方は明らかにおかしいし、「子供たちを守れ」等といった扇情的なスローガンを掲げたデモに訴えたりするのは更におかしい。「安全対策に万全が期されているか」「原発を廃絶した時の経済損失はどの程度になるか」といった実務に即した議論こそが、今後の「国民レベルでの徹底的な議論」の中核となるべきだ。

  4. 安全保障政策

    私は、現実的な保証が全くない「空想的一国平和主義」にはどうしても組みせないので、当然の事ながら「抑止力としての軍備を持つ事は独立国にとっての必須条件」という考えだ。従って、日本の現行憲法は改正すべきだと考えているし、「集団的自衛権」にも「秘密保護法」にも賛成だ。しかし、そのベースとして、当然一つの「条件」があるし、また一つの強い「希望」も持っている。

「条件」というのは、当然の事ながら、「拡大解釈による濫用」を絶対に許さないような「厳格な運用規定」を詳細に定める事だ。この点で今回の安倍首相のやり方は拙速に過ぎ、これが反対派の不信を招いている事は反省されて然るべきだ。反対派が指摘する種々の懸念に対して一つ一つ丁寧に対応する「運用細則」をどうしてもっと迅速に整備して提案しないのか、理解に苦しんでいる。

「希望」というのは、「国の安全保障」という「独立国としての当然の課題」についての議論が、「過去の戦争の正当化」や「国家主義的(排外的)な思想」と結びつけられないように、十分配慮してほしいという事だ。日本の憲法や安全保障政策は日本人が決める事であり、諸外国がとやかく言うべき事ではないというのは当然だが、そうであればそうである程、諸外国の誤解を受けないような配慮がなされるべき事も、これまた当然だと考える。

国の安全保障に「最悪時の戦争を覚悟する」事が必須である事は言うを俟たないが、「外交努力」の重要性はそれに数倍する。そして「外交努力」の基本は、相手の立場を慮り、自己の立場とのバランスをとる事である。残念ながら、過去の歴史を振り返ってみると、「ごく当然の外交努力」を「弱腰」と詰るのが、多くの国の大衆の一般的な傾向であって、これに抗しきれなかった政治家が、多くの不必要な戦争と、それによる悲惨な結果を招いてしまっている。

世の中には、物事の種々の側面を読み取る能力も意欲もなく、ただひたすら勇ましい言葉を口にしたがる人たちが多いが、こういう人たちは、何よりも大切な国民の生命に関係する「安全保障」の問題には、お願いだから何も口を挟まないでいてほしい。そして、政治家や報道機関は、過去の事例を反面教師として、このような思慮の浅い人たちを間違っても煽らないでほしい。

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