海外で駐在したり就職するだけで「出国税」がかかる?

大石 哲之

出国税が検討されているのは、ご存知のとおりだろう。(法案できてるみたいだし、次の国会に提出されるので間違いなく可決。7/1より施行)

政府・与党は、多額の株式などを保有する資産家が海外に移住する方法で課税を逃れるのを防ぐため、来年7月からは、出国の際、株式などの含み益に課税する措置を導入する見通しです。 株式や債券などの金融資産を売却して得た利益は国内では課税されますが、シンガポールなど課税されない国もあるため、資産家の中には、含み益のある金融資産を持って移住することで課税を逃れるケースもあります。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141221/k10014159621000.html

問題は、2つあります。

・実現していない利益にたいして前もって課税するところ(未実現利益に課税)

・国籍離脱ではなく、たんなる駐在や海外の会社に採用された場合でも一律に課税されるところ

例えばですよ、いま日本のベンチャーは果敢に海外を攻めています。ITだけじゃなく、飲食だって、製造業だって、韓国に負けてられないとばかりに攻めてるんですよ。

みんな闘志にもえてシンガポールとかに行ってるんです。節税目的というより、日本だけじゃなく、もっと広いマーケットを攻めよう、新しい世界に出ていこうとおもってシンガポールに行ってるケースが多いです。それも、ベンチャー企業で、まだ上場前から行ってる会社もあります。

しかし、この税制は、そういう人の移動を著しく困難にする可能性があります。

例えば、ベンチャーの創業メンバーがいたとします。企業の株式の10%を持っていたとして、会社が上場した。時価総額300億円。持ち分が30億円になります。

この状態で、そのメンバーが海外進出のためにシンガポールに駐在しようとする。当然、出国税の対象です。

30億円x20%=6億万円。

そんなお金すぐにつくれないし、自社株は容易には売れませんから、どうやって納税するのしょうか? かと言って、海外事業はだれでもよいわけではなく、その人が行く理由があるでしょう。

日本人は日本国内で仕事してればよろしい、ということとしか思えません。著しく時代に逆行する制度とおもいます。

なお、対象となる資産は、1億円以上。新聞記事では、「多額の資産をもつ資産家」が「課税逃れのために」「海外に移住」と書いていて、印象を操作していますが、実際は、多くの事業家が、普通に海外進出しようとして、ビジネス上で引っ越しすケースに課税するほうが多くなりそうです。

課税の対象となるのは、「所得税法の有価証券と、匿名組合持ち分」とあります。

となると、確実に、未公開の自社株とか、ファンドに出資した資金とかも対象になりますね。

未公開株が対象となるので、さらに、まだ創業したてのベンチャー企業のメンバーでも自社株の評価が1億円超えることも大いに考えられます。未上場の場合、株は間違いなく売れませんから、納税に窮します。

追記:そこは、納税のかわりに、納税管理人と担保を差し出せばよいらしい。ただその手続を正確にして、評価なども正確にしないと、あとで脱税だといわれるのは、その役員個人である。
そんなややこしいことや、税務リスクをとってまで、社命で海外赴任したいひとがどれだけいるだろうか?

また「移住」という表現も気になります。移住というと、かつてブラジルに移民したひとのように、もう二度と母国の土を踏まない覚悟で海外にでた、といったイメージです。

しかしながら、もはや、シンガポールや香港は一日で飛行機で移動できるし、飛行機代も数万円。しょっちゅう行き来している人が大半です。。

移住というより、たまたまそこで仕事をするから、そこに住む必要があるだけで、感覚的には引っ越しです。それを、永住のように捉えて、金輪際日本に戻らない時代のような処置を取るのは、感覚がずれているとしかいいようがありません。

シンガポールでビジネスをするには、ふつうシンガポールの居住者として、シンガポールに本拠をおくのが普通です。ビジネスの如何によっては、日本に帰ってくるかも知れないし、シンガポールからアメリカにいくかもしれない。

単に外国の居住者になるということをもって、「移住」とみなすのは著しい不都合です。

なお、米国にも出国税がありますが、これは、米国市民権を放棄した場合のことで、つまり日本国籍を離脱した場合に相当します。そういう時の出国税は一定の合理性があるだろうけれど。

なお企業の駐在員であっても、一律に課税されるようなので(非居住者になる際に一律に対象)、シンガポールで事業展開するために子会社をつくって赴任したというケースにも、出国税の対象となるのは間違いなさそうです。事業展開の妨げにしか成りません。

すくなくとも、永住権をとって完全に移住するとかのケースに限定するとか、もしくは、海外赴任は除外するとか、そういう処置をしないと、ハチャメチャなことになりそうです。

また、現地の企業に雇われた場合(現地採用)も同じで、単に現地の法人(それが日系企業でも)に雇われ国外で仕事をする場合でも、移住として課税されるようです。無茶すぎます。

(加筆:なお、5年以内に日本に、戻ってくると課税取消にしてくれるようです。そこはさすがに手当はされているものの、ただ出国時に確実に手続きをして毎年報告をしないといけないらしいし、また手続きをミスったらお金が戻ってこないばかりか脱税でひどい目にあいます。
この手のものは税務当局と見解の相違が起きやすく、単に海外赴任しただけで、多大な税務リスクを個人で背負い込むというのは、とても納得が行くものではありません。)

私は、日本で成功した起業家などが、海外にどんどんいって、新しい投資をして、プレゼンスをひろめていくのが、最終的に日本のためになると思っています。直接投資が大事です。世界中で現地と日本とのつながりをつくっていく。

外にむかっていく人に冷水を浴びせるこういう税制は、かえってもう本当に日本に戻ってきたくなくなる心情を助長させるかもしれません。というか、すでに海外に出ているひとは、恐ろしくて日本に住居を戻そうとしないでしょう。

まあ実際は、いろいろ法律も抜けあながあるでしょうし、みんなそれを、使うだろうけど、そんなに複雑にしてどうするつもりなのでしょうか。出国したしないとか、相続税みたいに未公開株の価格とかでもめたり、まったく不要な揉め事が頻発しそうですし、国税も此処ぞとばかりに攻め入って一歩もひかなかったり、死屍累々の姿が目に浮かびます。

こんなことして取れる税金も、せいぜい、とれても数十億円とかでしょうかね。社会保障費1日分くらいで消費されてしまいます。いや1時間分くらいか。徒労感しかのこらないとはこういうことです。

以下ソース

《速報解説》 平成27年7月1日以後の国外転出から「出国時課税制度」(いわゆる『出国税』)が導入~1億円以上の有価証券等保有者を対象(税制改正大綱の記載内容を検証)~小林 正彦 – 税務・会計のWeb情報誌『プロフェッションジャーナル(Profession Journal)』|[PROnet|プロネット]

http://www.eytax.jp/pdf/newsletter/2015/Japan_tax_alert_7_Jan_2015_j.pdf