世界に大きく遅れている日本の観光産業 --- 井本 省吾

アゴラ

1月12日(月)のBSフジ・プライムニュースで、デイビッド・アトキンソンという外国人が「日本は外国人向けの観光産業で大きく伸びる余地があるのに、その潜在能力を生かしていない」と流暢な日本語で歯切れよく語っていた。


番組終了間近に途中から見たので詳細がわからず、興味を持ってネットを探ると、アトキンソン氏は元ゴールドマンサックス証券の金融アナリストで、今は国宝や文化財の修理をしている老舗企業である小西美術工藝社の社長だった。「イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る 雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言」 (講談社+α新書)という著書を昨秋発刊している。  

アトキンソン氏によると、日本の観光産業は国際的にみると驚くほど遅れている。世界ではGDPの中で観光業の貢献は9%もあるのに、日本はわずか2.6%。裏を返せば、成長できる“伸びしろ”があると見ることができるわけだ。アトキンソン氏の試算では、日本の観光産業を世界平均並みに引き上げるだけでGDPを38兆円押し上げる効果があり、400万人の雇用を生み出せるという。

日本の外国人観光客は昨年1300万人に達し、2013年を25%以上上回った。2020年には2000万人を目指している。だが、フランスは8500万人、英国は3100万人と日本よりも人口の少ない国で、日本よりもはるかに多くの観光客を迎えている。日本もやり方次第では5000万人でも可能だというわけだ。

アトキンソン氏によると、外国人観光客が観光先進国よりもぐんと少ないのは、重要な観光資源である歴史的な文化財をほとんど活用できていないからだ。

例えば京都は観光資源の宝庫だが、外国人観光客は年間200万人。大英博物館だけで年間420万人の外国人が訪れていることを考えれば驚くほど少ない。豊富な文化財を有する京都の集客能力を生かし切れていないのだ。

文化財を保存する国の予算が少なすぎるし、文化財を観光客に楽しんでもらおうという意識もない。文化財の修理は30~50年に1回程度。ボロボロになっている案件が多く、将来が心もとないという。

文化財が美しくよみがえれば人は来る。外国人にも楽しんでもらうための修理、投資をすれば、観光収入が上がり、それが次の修理投資の財源を生み、さらに観光収入が拡大する。

製造業と同じことなのに、日本は政府も民間企業も十分な観光投資をしていない、というのが有力な金融アナリストでもあったアトキンソン氏の見立てである。

文化財というハードの修理、整備だけでなく英語をはじめとする外国語でのきめ細かい説明などソフト面もたぶんに不足している。観光ガイド、看板表記、食事場所の案内など、もっとふんだんにあっていい。「おもてなしが最高」などと悦に言っているのは自己満足に陥っているきらいがある、と手厳しい。

米、仏、英国などはそうした努力によって観光客をふやしている。例えば、歴史的に有名な場面を役者が再現するイベントを実施している。日本でも関が原の合戦など大規模な野外イベントを行って「観戦料」をとればいいという。

安倍政権もアベノミクスの第3の矢で成長戦略を唱えるなら、雇用400万人、38兆円の観光収入を得る具体策を探り、実行に移す努力をすべきである。今の成長戦略は言葉ばかり、大規模な具体策に乏しく、成長戦略の名にふさわしいヤル気が感じられない。

しかし、何よりも大事なのは民間企業の努力である。政府は最初の音頭とりだけ。民間企業が自力で観光客を呼び込む工夫、努力をしなければ、いくら政府が音頭をとっても絵に描いた餅である。地方の観光関連企業は何でも役所に頼る体質を改めねばならない。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年1月14日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。