雑感:アカデミー賞候補の発表

矢澤 豊

今年で87回目になるアカデミー賞のセレモニーは2月22日(日本時間では2月23日の午前)ですが、それに先駆けて1月15日に各賞の候補が発表されました。


これで12月1日(ゴッサム・インディペンデント映画賞/ニューヨーク映画批評家協会賞)から3ヶ月間近く続いた、「アワードー・シーズン」も終わりが見えてきたというところでしょうか。この年末年始をまたいだ約3ヶ月の「シーズン」に、おもだったものだけでも15もの映画賞が集中しているのです。イギリスのアカデミー賞(BAFTAとよばれる)はもともと4/5月開催だったのですが、この「オスカー」に向けての「勢い」に乗るべく、2002年にわざわざこの時期に移された経緯があります。

受賞すればもちろんのこと、賞の候補になるだけでも映画の宣伝になるわけですから、受賞圏内と目される映画作品をかかえるスタジオや配給会社はこの期間に大々的なキャンペーンを張るわけです。

日本が世界に誇るスタジオ・ジブリの「かぐや姫の物語」も、ボストン映画批評家協会賞受賞(12月7日発表)、ロサンゼルス映画批評家協会賞受賞(12月8日発表)、トロント映画批評家協会賞受賞(12月15日発表)ときて、無事にアカデミー賞長編アニメ映画賞の候補に含まれました。アカデミー賞の前哨戦の中ではもっとも注目されるゴールデングローブ賞(ハリウッド外国人映画記者協会主催)とイギリス・アカデミー賞では受賞候補からもれていたので、スタジオ・配給会社としてはさぞかし胸をなで下ろしていることでしょう。


今回のアカデミー賞候補の発表と同時に一番の話題になったのは、アメリカ市民権運動の旗手、キング牧師を題材にした「セルマ」が最優秀作品賞候補にはなったものの、俳優部門で主役のキング牧師を演じたデイヴィッド・オイェロウォさんが下馬評に反して主演男優賞候補を逃したことでしょうか。結果として俳優賞4部門(主演男・女優賞、助演男・女優賞)の候補がすべて白人ということになり、「ホワイト・オスカー」などと揶揄されています。

私個人としてはオイェロウォ氏の演技は未鑑賞なのでなんともいえませんが、ジェームズ・ブラウンの伝記映画「Get On Up!」で主役を演じたチャドウィック・ボズマンがノミネートされなかったことが残念です。

「セルマ」と「Get On Up!」には共通していることがあります。それはこの二つの映画にはイギリスの製作会社が大きく関わっているということです。「Get On Up!」はローリング・ストーンズのミック・ジャガーの映画会社、Jagged Filmsが関わっており、「セルマ」も関与している製作会社のうち2社はイギリス勢で、アメリカ系はブラッド・ピットの映画会社、Plan Bと、テレビの超人気プレゼンター、オプラ・ウィンフリー女史のHarpo Filmsが参加しています。

ハリウッドのメジャーな映画製作会社としては、「アイアン・マン3」だとか「マイティー・ソー」など、マーベルやDCなどのコミック本から起こした一連の作品群やその続編もので荒稼ぎしているところに、作品のテーマなどから興行成績が限定されてしまう(と思われる)ストーリーを持ち込まれても食指が動かないのでしょう。そこでより小回りの効くイギリス勢やブティックなプロダクション会社が、こうした「ハリウッドにかえりみられない」作品に積極的に取り組んでいるように見受けられます。そういえば去年の最優秀作品賞を獲得した「それでも世は明ける(12 Years Slave)」も似たような経歴をもった作品でした。(この映画もブラピのPlan Bが製作に関与。)


面白いことに「それでも夜は明ける」も、「セルマ」も主人公のアフリカン・アメリカンをイギリス人俳優が演じています。「それでも夜は明ける」のチウェテル・イジョフォー氏も、「セルマ」のオイェロウォ氏も、ナイジェリアにルーツを持つイギリス国籍の俳優です。この点もオイェロウォ氏にいささか不利に作用しているのではないでしょうか。

アカデミー賞の候補を選ぶのは、主にハリウッドの映画関係者ですから、当然ハリウッド映画へのバイアスがあり、そのために「セルマ」のようなメイド・バイ・ブリティッシュの映画に対して消極的になっているのではないか、と私には思えます。とくに主演男優部門では去年に引き続きイギリス人俳優が候補者5名のところ2名を占めています。(「博士と彼女のセオリー(The Theory of Everything)」のエディー・レドメインと、「 イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)」のベネディクト・カンバーバッチ。)これにオイェロウォ氏がノミネートされていたら、過半数をイギリス勢にもっていかれることになります。



アカデミー主演男優賞は、2011年に「英国王のスピーチ(The King’s Speech)」でイギリス人俳優コリン・ファース氏が受賞、2012年は「アーティスト(The Artist)」でフランス人俳優ジャン・デュジャルダン氏が受賞、2013年は「リンカーン(Lincoln)」でイギリス人俳優のダニエル・デイ・ルイス氏。3年連続で外国人にかっさらわれてたところ、去年やっとアメリカ人(テキサス人?)マシュー・マコノヒーが「ダラス・バイヤーズクラブ(Dallas Buyers Club)」で受賞して一矢報いたところ。投票権を持つハリウッド映画人が候補者を選択するにあたって、またぞろイギリス人に一票を投じることをためらったため「第三のイギリス人」とみなされたオイェロウォさんに不利に働いたと推察できると思います。

オイェロウォさんは残念ですが、それでも主演男優賞にイギリス人俳優2名が候補にあがっているのは、最近のハリウッド映画がスーパーヒーローものばかりで、役者の演技が映える作品が少ないことを物語っています。とくにノミネートされたカンバーバッチやレドメインと同世代、30代から40代にかけての「旬」な俳優にとって、いい役が不足しています。男優でさえこれなのですから、女優陣にいたっては推して知るべしといったところでしょうか。

リスキーだけど面白いストーリーはリスクテイクできるテレビ・ドラマにとられてしまい、映画製作の予算がつくのはシリーズものばかり。ハリウッドという業界は自らのビジネスモデルに囚われの身になったかのようです。

もっともこの硬直状態も自覚症状。ハリウッド映画業界の人々も現状を良しとせず、今年はリスクテイカーたちに栄冠を、という気分になっているようですし、アカデミー賞も傾向としてメジャーな製作会社がバックする超大作(例えば「タイタニック」)と、興行的には派手さがない佳作との間を振り子のようにいったりきたりしますので、今年はインディー系にスポットライトが当たる年なのでしょう。そういう観点からすると、今年の最優秀作品賞は「6才のボクが、大人になるまで。(Boyhood) 」が本命、対抗は「グランド・ブダペスト・ホテル (The Grand Budapest Hotel)」ではないかと私は思っています。前者の方がメイド・イン・アメリカな作品なので、鼻差有利ではないかと。大穴でオイェロウォさんへの罪悪感から「セルマ」への同情票が集まるかもしれません。



予想がハズレても責任はとりませんので、あしからず。