美濃加茂市長無罪~ギャンブル化する「推定有罪」

2015年03月06日 07:00

150306無罪
どうも新田です。私もそろそろ用心棒に敏腕弁護士を雇いたいこの頃です。いや、別に悪いことはしてないけど。ところで美濃加茂の事件で事件報道のあり方が改めて問われることになりそうなわけですが、有罪率オリンピックで断トツの金メダル99%超を取り続けている我が国では、1%にも満たない無罪判決はほとんど「珍事」だけに、そのあたりの検証が一過性になりがちだったようにも思えます。


◆記者クラブ型取材に改めて課題
江川紹子さんが、折り目正しい会見でも猫語でツイートされておるわけですが。

現地筋の情報では昨日の会見では、江川さんを始めとするフリーランスの方々が意気揚々と質問をぶつけられ、一方、記者クラブ系地元メディアは、この間のネットを巧みに使った郷原センセのロジカル弁護の前に寄り切られた末に完敗ということでかなり大人しかったようです(苦笑)

もっとも、クラブ系の記者さんたちばかりを責めるのは酷なことで、これは取材システムの問題もあります。私も10数年前、地方支局の若手記者だった頃に裁判担当を2年ほどやったことがあるんですが、結局、記者クラブ型の警察・司法取材でスクープという名の評価を得るには、基本的に当局情報をいちはやく他社を出し抜いて書くことが9割方の世界。ネタを取るにはどうしても捜査当局の意向に沿った情報を取り合うことになるので、バイアスがかかるのは必然です。実際、99%有罪率の国なんで、基本的に「推定有罪」でも後々ひっくり返ることがほとんどないということで“無問題”だったんですよね。

◆「起訴=有罪」の日本社会
日本で事件記者が生まれて19世紀からこの方、メディア、特に地方の記者クラブ系は「推定有罪」の風習が色濃く残っているわけです。それは“社会通念”としても定着していて、サラリーマンが自社の就業規則を読んでみると、「起訴された時点で休職」という取り決めがあったりする。99%の有罪率を前に実質的に「起訴=有罪」の認識が定着している日本社会では、起訴休職が決まった時点で辞職への無言の圧力が強まるように感じます。

しかし、ここにきて、まさに郷原センセがこの10年近く折々に古巣の検察批判を展開される間に起きた、陸山会事件の無理ゲー捜査だとか、村木さんの無罪事件、菅谷さんや袴田さんの冤罪投獄の案件などなど、風向きが変わってきた。ところがクラブ系事件記者の報道姿勢のほうは、裁判員制度という劇薬投入もあって少しは変わるかと思いきや、明治期からの因習をなかなか抜け出し切れていない。特に地方メディアはそういう現実が色濃く残っている中で、まさに美濃加茂の事件が起きたようにこの9カ月感じておりました。

さらに政界を見渡すと、「起訴=有罪」どころか「逮捕=有罪」的な論評をされている果敢な御仁もいるという噂も聞きつけまして、誰かと思っていたら、「永田町三国志」において、3政党を渡り歩き、義理パラメータの低数値ぶりは呂布に勝るとも劣らない山内康一センセじゃありませんか。まだ領土をお持ちの時代にこのような記事をお書きのようです。

収賄で逮捕された美濃加茂市長の藤井浩人氏が、「若手守旧派政治家」の典型例と言えそうです。

ほう…で、その根拠は?

藤井氏は28歳で全国最年少市長として初当選。その直前までは市議会議員を務めていました。大学院を終えて実社会で働いた経験もあまりなく、市議会議員になり、政治の世界に入りました。正直言って、20歳代の実務の経験のない若者に、自治体の経営ができるとは、私は思いません。有権者の判断とはいえ、何となく釈然としません。

さ、さようか。
ま、外形的な事実ではそう見えるのは確かですが、先を読み進めると。。。藤井市長の歴史教育観の根底にある東南アジアでの体験談のくだりを取りあげた上で山内センセはこうおっしゃる。

よくある浅薄なステレオタイプ的な観察です。
「東南アジアの子どもたちは貧しくても、目がキラキラしている。いまの日本の子どもが、失くしてしまったものがある」という古典的なステレオタイプです。(2014年6月25日 山内康一ブログ「『若手守旧派』政治家」)

お、おう。。。岐阜の記者ですら市長派、反市長派を割とバランスよく両論併記して慎重に構えていたところに、山内センセはよほどの「確信」がおありだったようです。

◆「推定有罪」のリスク増加!?
まあ、小生のような凡人ならば、藤井市長が無罪になった場合に「よくある浅薄なステレオタイプ的な観察です」の一言がブーメランになってしまうのを恐れて、「知らないことには首を突っ込み過ぎない」よう様子見するわけなんですが。

山内センセにおかれましては、「印象論」との批判にもめげず、我が道を切り拓かれておられます。まさに赤兎馬にまたがる呂布のごとく果敢に先陣を切って藤井市長を「推定有罪」されている勇猛さがありありと行間からにじみ出ているじゃありませんか。昨日の無罪ニュースは“青天の霹靂”だったのではとお察しいたします。ちなみにモト記事はなぜか削除されていたので、BLOGOSの転載記事はコピペっておきましたよ。
150306山内
目下、お家再考を目指す山内センセがどのような論評をされようと判決が確定するまでは、制約は少ないのかもしれませんが、書いた当時はバッジをお持ちの頃ですので発言の重みは違うようにも見えますが。

山内センセの話はともかく、マスコミも政治家もあるいは一次情報に触れられないブロガーにとっても、安直な「推定有罪」論評はリスク度合いが高くなって“ギャンブル化”しているご時世かもしれません。色々と深謀遠慮なり、情報収集が求められる時代になったと自戒も込めて思うこの頃です。いや、まじでブーメランこわっ。ではでは。

新田 哲史
ソーシャルアナリスト/企業広報アドバイザー
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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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