世界のデジタルマンガ潮流 --- 中村 伊知哉

アゴラ

海外マンガフェスタの一環で、「世界のデジタルマンガ潮流」なるシンポを開催。アメコミの巨星、ジム・リーさん、トロント・コミック・アートフェスのクリス・ブッチャーさんとともに登壇しました。市ヶ谷のDNP(大日本印刷)にて。ぼくが答弁したことだけメモします。


1. マンガの魅力とは?

ぼくの体の3割はマンガでできてます。残りは音楽と酒です。今日はマンガファンとして参加しました。

マンガはストーリー、絵、文字を一人で紡ぎだす、世界を一人でつくり上げる表現。全ての表現の種類の中で、マンガ家を最も尊敬しています。

映画でも小説でも絵本でもなく、マンガでしか表現できないものがあります。マンガをいくらアニメや実写映画にしても、どうしても原作とは同じにならない。独自の表現様式です。

小説と違って言葉の壁を超えやすい。子どもから大人まで楽しめるという親しみやすさも特徴。そして、映像と違って、読み方・読むスピードが読者に委ねられる。とても読者に寄り添う表現です。

北米には北米のマンガ文化があります。ヨーロッパにはヨーロッパの、日本には日本の文化があります。どれもすばらしい。それが他の国々に広がりつつあります。多元的な世界を作るのに役立つことを期待します。

2. デジタルによる変化は?

先日、ソウルでユン・イナンさんに会いました。韓国を代表するマンガ作家であり、編集者であり、プロデューサ。

彼は日本で紙のマンガを連載すると同時に、韓国でウェブやスマホ向けの連載をしています。ネームはスマホで手描きして、地方にいる作家や東京の出版社とはスカイプでやりとりしています。その後それら作品を動画作品にしてビジネスを回しています。

マンガの書き方も編集もメディアも、ビジネスモデルも、全てデジタルで塗り替わります。彼はぼくの博士課程の学生で、論文を書けばすぐ博士号がとれるのですが、それどころではないようです。論文はアナログだし。

マンガをデジタルで作る技法の開発や、作家の育成のため、文科省の事業として「アニメ・マンガ産学官連携コンソーシアム」を開催しています。政府も必要性を感じています。

昨日、海外マンガフェスタの場に登壇した際、ちばてつやさんが「デジタルへの大きな過渡期にある」と発言しました。日本のように紙のマンガが発達した国では、マンガ家も出版社もこれからが本番であり、韓国のように新しく産業となる国のほうがデジタル化は早い。

ビジネス面も、表現も変わります。

世界中の人びとがスマホで読むようになります。これは紙のマンガにとっては脅威かもしれないが、世界的なマンガの大衆化が進むということであり、ビジネスが一気に世界規模になるということ。出版社にとってはピンチでもあり、チャンスでもあります。

マンガの表現そのものが変わります。韓国では、スマホ向けにスワイプやスクロールではなく、タップすることで切り替わるマンガが開発されています。マンガであり、アニメであり、小説であり、そのどれでもないジャンルが現れるでしょう。

読まれ方も変わります。ソーシャルメディア上で表現されるマンガも登場しています。マンガを一つのネタとして、コミュニティが盛り上がります。映画をみんなで見たり、スポーツをパブリックビューで楽しむようなソーシャルマンガも現れてくるでしょう。

紙がデジタルに置き換わるのは小さな話。デジタルで新しい表現が生まれてくる、マンガの世界が広がる、のがポイントだと思います。

3. 子どもへの普及は?

ここDNPの中には「デジタルえほんミュージアム」があります。ぼくが取締役を務めるデジタルえほん社とDNPが共同で作ったもの。デジタル表現の展示やワークショップを行っています。

デジタルえほんというのは、デジタル技術を使った新しい絵本、これまでになかった新しい出版物の総称として生んだ造語。新しいデジタル出版物を子どもたちのために開発しています。これからの子どもたちにとって最も重要となる創造力や表現力をデジタル技術で高めたい。そのための場を広げていくことに力を入れています。

デジタル技術を使って子どもがマンガやアニメ、ゲームや音楽などのコンテンツを作る活動を12年前から続けてきていて、そういうワークショップを集めるワークショップコレクションをぼくの大学で前回開催したときには10万人もの参加者が押し寄せました。世界最大の子ども創作イベントです。

特に日本の子どもたちはマンガ表現が好きだし得意。4枚のデジタル写真を取ってマンガを作るワークショップを開催したときに、フランスの子たちはみんなファンタジックな芸術作品にしようとするのに、日本の子たちは全員、ギャグマンガを作りました。カンボジアの子たちは家族への祈り、という作品でした。

どの国にも地域にも、そこにふさわしい文化や表現があって、それをデジタル技術が支えていきます。前回ワークショップコレクションを開いたときに、マンガが描けるタブレットとPCを並べておいたら、それだけで長蛇の列ができました。みんな、描きたがっているんです。

本当はこういう活動は小学校でやらなければいけない。ぼくの野望は、全ての小学生がデジタルでマンガ・アニメが作れて、作曲ができるようになること。しかし日本は学校教育のデジタル化が遅れていて、今はそこに力を入れています。

多くの人がマンガを読んで、授業中に先生の話もきかずパラパラマンガを描く、その中から同人誌を作ったりネットに投稿したりする人がいて、プロが生まれていきます。

そこで今「デジタルマンガキャンパスマッチ」というプロジェクトも進めています。新人発掘・育成からビジネス化まで。里中満智子さんらマンガ家のかたがた、講談社集英社小学館ら10社のコミック編集部、そして70の専門学校・大学が参加しています。

デジタル作画・制作・編集のできる教育の場、そしてそれがビジネスにつながる仕組み、を作りたいと考えます。

4. 未来のマンガとは?

京都国立博物館で開かれていた鳥獣戯画展は、2時間、3時間待ちでした。鳥獣戯画はマンガの元祖と呼ばれる12世紀の作品。1000年近く、連綿と文化として息づいて発展してきました。そして、それの12世紀の作品が今も数時間待の超人気なのです。

これから急速にマンガは変化・発展するでしょう。書き方も読まれ方も変わるでしょう。産業も変わるでしょう。国際化も進むでしょう。

でも変わらないものもある。表現へのパッションとか、読む歓びといったことです。変えてほしくないものもあります。

ただ、昨日のイベントで染みたのは、ちばてつやさんが「マンガが読まれる国は平和だ」と話していたこと。世界の国々にとって、なくてはならないもの、になっていってほしいと願います。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年3月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。