土曜日に珍しい祭りを見に行ってきました。主催側が「天下の奇祭」と呼ぶ、静岡県沼津市の「大瀬（おせ）まつり」です。今回は、洋上からこの祭りを楽しむ、という趣向。2本マストのスクーナー型帆船で、早朝に開催地である大瀬崎へ向かいました。大瀬崎は、駿河湾が沼津側へ切れ込んだ伊豆半島の西岸付け根にあります。
この祭り、大瀬崎にある「大瀬神社」の海の祭神「引手力命（ひきてちからのみこと）」を祭るもの。引手力命は駿河湾周辺の漁師の篤い信仰対象で、大漁祈願と航海の安全を祈願する祭りです。曜日に関係なく毎年4月4日に行われ、今年はたまたま土曜日にあたったこともあり、あいにくの小雨模様にも関わらず多くの観光客やアマチュアカメラマンが足を運んでいたようです。
なぜ奇祭と呼んでいるのか、と言えば、駿河湾各地の港からやってきた漁船に乗った漁師たちが顔を白粉で塗り、色とりどりの長襦袢などを着て「女装」して「勇み踊り（いさみおどり）」という踊りを踊り、漁船も大漁旗で派手に飾り立てるからです。この踊り、お囃子に合わせて「ちゃんちゃらおかし、ちゃらおかし、あのこのひゃっつら、ちゃらおかし」と謡いながら船上で踊ります。
また、漁船の船縁には魔除けの杉の葉をぎっしりと並べているため、まるで小島が移動しているようにも見えます。さらに、船から米俵を海へ投げ入れ、女装した漁師たちが海へ飛び込んでそれを泳いで拾い上げ、大瀬神社へ奉納します。これは当方、洋上から見ていたため確認できませんでしたが、小高い場所にある大瀬神社への参道を駈け上がりながら参拝する漁師たちの姿も見応えのあるものだそうです。
日本全国には奇祭と呼ばれる祭事はけっこうあります。表題の記事で紹介されている神奈川県川崎市の「かなまら祭り」もそうですが、有名なものでは、不気味なポスターが話題になった黒石寺の蘇民祭（岩手県奥州市）や諏訪大社の御柱祭（長野県諏訪市）、北口本宮冨士浅間神社の火祭（山梨県富士吉田市）などがある。大瀬まつりはあまり有名ではないものの、女装した漁師が舞い踊る姿はなかなか興味深い。なぜこうした祭りが生まれたのかについては諸説あります。
大瀬神社の縁起として、白鳳13年（684年）に起きた大地震で海底が三百丈（約900m）ほども隆起し、突如、現在の岬先端にあたる島が出現したので、同時期に頻発した地震で土地が海没した土佐国から神が引いてきた土地が隆起したと考えた人々が引手力命を祀った、などと言われています。引手力命は海神ですが、よく似た名前の日本神話の神に「天手力男命（あめのたぢからおのみこと）」があり、その共通点が想像できます。
どちらも怪力や剛力が特徴の神様ですが、引手力命は海神、天手力男命は山岳信仰の山の神です。天手力男命と言えば、重い天岩戸（あまのいわと）を引き開け、天照大神（あまてらすおおみかみ）を外へ出した神様。その際、天照大神の興味を誘うために天鈿女命（あめのうずめのみこと）がおもしろおかしく踊り、神々が愉快げにはやしたてました。大瀬まつりは、その様子を再現したのではとも、男の神である引手力命の気持ちを鎮めて海を穏やかにするために女装するとも言われています。
ただ、ご多分に漏れず、伊豆でも漁業を継ぐ若者が少なくなり、漁船自体も数が減っています。かつては海を覆い尽くすほど多くの漁船団が参加し、たくさんの若い漁師が女装して舞い踊った大瀬祭りですが、今では人手を確保するために沼津市の職員が参加するようにもなっているそうです。川崎の若宮町八幡宮の祭りは五穀豊穣などを祈願した男根崇拝の「ファリシズム（phallicism）」ですが、大瀬祭りも春の漁期に海の神に祈ったことが発祥でしょう。こうした不思議で興味深い風俗は、これからも長く残してもらいたいものです。
女装した漁師たちが「ちゃんちゃらおかし、ちゃらおかし、あのこのひゃっつら、ちゃらおかし」と囃しながら舞い踊る大瀬祭り。「ちゃんちゃら」の「ちゃら」は「おべんちゃら」や「おちゃらかす」と同じ意味で、口から出まかせ、滑稽な様子のことです。
ロケットニュース24
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アゴラ編集部：石田 雅彦
