敢えて言う1:閣僚の靖国参拝は日本の威信を損なう

2015年04月27日 06:35

今年の春の例大祭には、106人の超党派国会議員が靖国を参拝したと言う。

相も変らぬ馬鹿げたパフォーマンスだ。

参拝した閣僚は「真心から“英霊”に感謝の誠をささげる」と言うのが常套文句だが、本当にその気持ちがあるなら個人で静かに祈るべきで、記者団に囲まれてぞろぞろ集団で参拝するものではない。


パフォーマンスの演出者である「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会(以降、『参拝する会』と呼ぶ)」は「靖国神社に祀られている過去に行われた戦争(戊辰戦争・日清戦争・日露戦争・大東亜戦争など)の英霊の御霊達を、国会議員みんなで参拝しよう」と言う趣旨で設立された超党派議員団体である。

この趣旨には「戊辰戦争」とか「英霊」と言う靖国神社の性格を示すキーワードが登場するが、靖国の特殊性については「靖国神社って何?」と言う池田信夫先生のブログ記事が的確に説明しているので、御一読願いたい。

そして見逃せないのが、「大東亜戦争」と言う言葉である。

「大東亜戦争」とは、日本が欧米列強から東アジア・東南アジアを解放し、この地域に日本を盟主とする共存共栄の新たな国際秩序として建設した「大東亜共栄圏」を防衛する正義の戦いだとして正当化する目的で東条内閣が閣議決定した名称で、「参拝する会」が、だいたい「大東亜戦争」と言う言葉を使った背景には、日本人だけでも300万人以上の犠牲者を出した戦争を「正当化」する意図がある事は明らかである。

一方、「国の為に倒れた将兵の霊に敬意を表する事は何処の国でも常識で、これが外交問題になるべき性質のものではない」と言う主張はその通りで、現に、「A級戦犯合祀」前の1975年11月まで続いた天皇陛下の靖国神社親拝には、中韓を含めて如何なる外国も異議を挟んで来なかった。

靖国参拝が外交問題化したのは、靖国神社の松平永芳宮司が極東国際軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯を、昭和殉難者として独断で合祀した事にある。

旧軍人であった松平宮司は、自分の仲間内の「A級戦犯」を合祀しながら、「西郷隆盛」「新撰組」「奥羽越列藩同盟」等の「真の烈士」への「恨」を百年以上経っても忘れない執念深さで、お隣の国の「宮司」の方が文化的に相応しい人物だ。

A級戦犯が合祀される前の靖国神社の問題は、「神道」の信者でもない戦死者を、本人や近親者の同意もなく「英霊」として「靖国神社」に合祀している事への疑問であった。

ところが、靖国のA級戦犯合祀が発表されるや否や、信教の自由や自己決定権等の憲法解釈に拘る本質的な問題が風化して仕舞い、「合祀」の是非を巡る政治的論争に終始するようになったのは残念至極である。

興味深いのは、「A級戦犯の合祀」と当時の右翼政治家集団の分裂時期が符合する事だ。

1973年に若手保守政治家を集めて成立した青嵐会は、石原慎太郎氏の提案で暴力団と同じ「血判状」付きの会員名簿を作ったが、その「血の団結」も1978年頃から中国政策の相違や個人的な対立などで脱会者が相次ぎ、1979年には解散に追い込まれてしまった。

ちょうどその頃、行き場を失っていた一部の保守政治家が、「合祀」に対する中韓を中心とした海外からの批判を民族感情を刺激する絶好のチャンスと捉え、「A級戦犯」は戦勝国の不当な裁判の被害者だと訴える一方、国の為に倒れた犠牲者に敬意を示すのは何処の国でも常識だと言う名目で「参拝する会」を設立し、排他的国粋主義を煽るために“英霊”を政治的に利用し始めた事が、現在に続いていると思われる。

さもないと、終戦から「参拝する会」が結成された1981年までの40年近くもの間、「“英霊”に感謝の念を表する」為に、集団で靖国を参拝した議員先生方が皆無であった事の説明がつかない。

このような背景もあり、安倍首相や閣僚の靖国参拝は日本の右傾化の象徴として海外から批判を受けて来たが、この話題が俎上に載る度に登場するのが高市早苗総務相である。

彼女が俎われるのは、地位に比べてその言動が幼稚で、矛盾が多いからである。

その典型は、日頃「靖国参拝は、外交問題であるべき性質のものではない」と主張しながら、今年の春の例大祭と日中首脳会談の日程が重なると、自ら「外交的、政治的」な配慮をして、閣僚の参拝日を1日伸ばすと言う「頭隠して、尻隠さず」のお馬鹿さん振りに表れている。
彼女の発言は海外でも「右傾化」の象徴として報道され、安倍首相の脚を引っ張っている。

例えば、2011年の「日独友好決議」には「日本とドイツの戦争への反省を表明している」ことを理由に反対したり、ホロコーストの否定や外国人労働者の排斥を主張する極右政党の党首と一緒に撮った写真が海外に配信され、ガーディアン紙からは「これ等の親安倍政治家が、安倍政権の右傾化がますます進んでいるという非難を加速させている」と皮肉られ、他の新聞からは「これが欧州で起きたら、公職辞任は避けられない」と批判されもした。

このようなイメージが重なり、「靖国」は今や日本の「右傾化」と「好戦性」のシンボルと化して居り、閣僚や議員の靖国集団参拝が日本の威信を損ねている事は疑いの余地もない。

日本の右翼政治家が保守的である事は問題ないが、「A級戦犯の合祀」以降は、天皇陛下も控えて居られる靖国神社参拝をこれみよがしに続ける無責任なパフォーマンスはやめて、もう少し責任ある言動をとるべきだ。

「外国には言いたい事を言わせておけばよい、ここは日本だ」と言う声もあろうが、一国で生きて行ける時代は去った今日、自分だけが正しいと錯覚した排他的な国粋主義は国を滅ぼすだけだ。

こう述べて来ると、「反日」「能天気」「左翼」「死ね」とか、ご近所の国の名前を挙げたありとあらゆる悪口雑言が聞こえて来そうだが、筆者の政治的立ち位置は、安倍内閣の「歴史認識」「外交」「アベノミクスの第三の矢の不発」「AIIB不参加」は落第だが、他の政策面では良くやっていると評価しており、「集団的自衛権」「原発」「TPP」「規制緩和」も全て肯定する筆者に、「左翼」のレッテルを貼る事は難しいかもしれない。

「憲法改正」にも賛成だが「刃物も使い手によっては凶器になる」可能性は大きく、憲法改正には賛成でも右翼の手による改正には反対する小林節憲慶応大学名誉教授に共感を覚える。

2015年4月25日
北村 隆司

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