安保法制採決 自衛官は捕虜になれないのか

「解釈」という屋上屋を重ねて誤魔化して来た9条と自衛隊の問題に限界が迫っています。ついに最大のツケが、ほかならぬ自衛官に廻ってきました。
「後方支援時の拘束『捕虜に当たらず』=岸田外相」「自衛隊員は紛争当事国の戦闘員ではないので、ジュネーブ条約上の『捕虜』となることはない」
これはもっとも恐れていた事態です。私は改憲派ですが、その第一の理由が実はこれでした。何かあった場合、「軍隊」でない(と自ら言っている)自衛隊は「ゲリラ部隊」「私兵」などという扱いにされて、正統な軍に対する待遇や裁判が受けられないのではないかと危惧していたからです。


「自衛隊は国際社会では軍扱い」とよく言われますが、それはあくまでも同じ側に立って活動している人たちにとってであって、敵からすれば「自衛隊を裁く(取り扱う)側が自分たちに有利になるように扱う」のは、当然考えうることです。

しかし今回の辻元議員の質問で、何と敵側はおろか、日本政府自身が「(後方支援である限り?)自衛官はジュネーブ条約上の捕虜として扱われない」と認識していることが明らかになりました。この件に関する国会の答弁書にも「後方支援は武力と一体化しないので、紛争当事者ではない自衛隊は捕虜となる事態は想定されない」となっています。しかし後方支援をする自衛官は「物を運ぶだけの武装民間人」なのでしょうか? 

まず、自衛隊は「軍」なのか。少なくとも九〇年の段階で、政府は「自衛隊は通常の観念の軍隊ではないが、国際法上は軍隊として取り扱われており、自衛官は軍隊の構成員に該当する」(中山外相)と述べています。私も当然そうなのだろうと思っていたので、答弁に驚いたのです。

しかし一方で九三年にはPKO派遣された自衛官が捕虜になるかどうかについて、当時の外務省条約局長が「文民条約によって保護されることになると思う」と答えています。

その後、「捕虜の取り扱い」について議論しているのでジュネーブ条約を守る義務は発生していますが、こちらが捕虜として取り扱われる権利を持つのかどうかをはっきり明言したものは、過去の新聞記事をざっと読んでもなかなか見つからず、むしろ「捕虜として取り扱われないのではないか」と懸念を示す記事が散見されます。

安倍首相は一三年四月に、読売新聞のインタビューで「実力組織が侵略を阻止するために戦う時に、軍隊として認知されていなければ、ジュネーブ条約上捕虜として取り扱われることはない」、「だから改憲が必要だ」と述べていましたが、一五年四月には「(自衛隊は)国際法上、一般的には軍隊と取り扱われる」とする答弁書を閣議決定しています。

次に、「後方支援だから(仮に軍隊であっても)紛争当事国ではない(だからジュネーブ条約の適用外)」というのはどうか。防衛省・自衛隊のHPには「関係条約」としてジュネーブ条約の条文が掲載されています。

ここには、軍隊の構成員でない需品供給者でも軍が認めていれば「捕虜の資格あり」と書かれています。となると、問題は「紛争当事国であるかないか」なのか。「当事国ではないが後方支援に行く」部隊も、紛争当事国の一部になるのでは?(周囲の詳しい人に聞きましたが、意見が分かれていました。是非有識者・専門家の方のご意見を伺いたいです)

そうでなければ「後方支援に従事している」自衛官が国外で敵方に捕まった場合、政府は「我が国の軍人に対しては、条約に沿った扱いをせよ」と要求出来ないし、仮に虐待・拷問・殺害されたとしても「何の文句も言えない(言う資格がない)」ということです。第一、軍隊の要件(制服を着ている・司令官がいるなど)を満たしているのに「条約上の捕虜にはならない」と自ら断言している国に対して「いいえ、あなた方は捕虜になる資格があります」と誰かが救いの手を伸ばしてくれるのを待つ、ということでしょうか。

岸田外相は「人道的に扱われるべきだ」としていますが、これでは他力本願、政治の役割を果たしていません。岸田外務大臣(総理でもいいですが)の方も、「自衛隊が軍として海外に出ながら、軍隊として扱われない懸念がある。だから我々はかねてより憲法九条の改正を求めている」となぜその場で言わないのか。与野党双方の長年の政治の不作為によって危険にさらされるのは自衛官です。

もちろん、辻元議員は「だから海外に出すな」という話なのでしょうが、自分たちが自衛官を窮地に追いやりながら、一転、「使える」となればまるで自衛官の身を案じているかの素振りを見せる。「リスク論」もそうですが、単に政府の邪魔をしたいがためのアピールであることは、国民にバレています。一方は「戦争だ!」「殺し殺される!」の大合唱をしたいがためにこの問題を指摘し、一方政府は「後方支援は武力行使(戦争)ではない」と言いたいためにこんな答弁をする。これは何なのでしょうか。

朝日新聞も安保法制については「憲法改正が筋」などと言っています。確かにその通りです。しかし当の本人にその議論を深めようという気は全くない。今まで改憲を何としてでも防ごうと画策してきた振る舞いを一切忘れたかのような「しれっ」とした言い分には怒りすら覚えます。

そもそもこれは、「自衛隊は軍ではない、戦争にはいかない、武力行使はしない」という欺瞞から始まっていることです。どんなに解釈を重ねても、肝心のところで「武力行使できません」「兵站業務じゃなく後方支援です」「捕虜にはなれません」「軍じゃないので」というトンデモな結論に至ってしまう(むしろ外から見れば、「軍じゃないんです」と言いながら最新鋭の武器を揃えている謎の軍団です)。

こんなタテマエのために自衛官は戦時国際法の適用外にされてしまって、本当にいいのでしょうか。

「国際的には軍隊、国内的には軍隊ではなく合憲」という使い分けの犠牲になるのは現場の自衛官です。結局のところ、憲法が変わらない限り、「自衛隊は軍隊ではない」と(国内外の)誰かから指摘され、正統な軍隊としての扱いをされない可能性が常に付きまとうのではないか。

これを機に、憲法改正に躊躇する人たちや、「別に変える必要ないんじゃない?」という人たちに対して、改憲議論を正面から問うべきでしょう。折しも、今年、ISISに殺害された民間人の記憶がまだ鮮明な時期です。「戦地へ行った自衛官が、ゲリラやスパイ扱いされて首を切られようが焼き殺されようが、文句は言えないって知ってた? 憲法のせいでそうなるんだって。それっておかしいと思わない?」と広めるべきです。

「そもそも自衛隊を海外に出すからそんな問題を云々しなきゃならなくなる!」「先に自衛隊を海外に出して、なし崩し的に改憲に持ち込むつもりだろう」と辻元議員は仰るかもしれませんが、ならば聞きたい。

国際社会が対処しなければならない脅威や平和維持活動の必要が出て来た時、治安維持や環境整備も含めた活動を日本は一切しなくていいのでしょうか? 

朝鮮半島有事の際、日本は何もしなくていいのでしょうか?(もちろん親北朝鮮の方々は都合がいいかもしれませんが……)

国内に危機が迫って、自衛隊が対処した際、「あなたの国では軍隊ではないとされている部隊が対処したようですが、問題ですね」と言われたらどうしてくれるんでしょうか。

リスクの問題も、捕虜の問題も、呑みこんだうえで話をしていかなければならない。なのに日本では毎度毎度、現実とかけ離れた議論をやっている。いい加減、もうこういうのは、止めにしませんか。

安保法制が採決されても、根本の問題は残されたままです。まだまだ議論を続けて行く必要があります。

梶井彩子(@ayako_kajii)