何のために学問をするのか

2015年08月24日 15:08

仕事に限ったことでなく人生において、常に順風満帆に物事が進むということは先ずあり得ません。追い風の時もあれば、向かい風の時もあります。強風に煽られて一歩も前に進めずに、ふと後ろを振り向けば崖っぷちに立たされていることに気付く時もありましょう。


出光興産創業者の出光佐三さんは「順境にいて悲観せよ。逆境にいて楽観せよ」と言われていますが、之は全くその通りで私も同感です。『菜根譚』という中国古典に、「達人はまさに順逆一視し、しかも欣戚(きんせき:喜ぶ事と悲しむ事)二つながら忘るべし」また「君子はただこれ逆に来たる所を順に受け、安きにいて危うきを思う」という一節があります。

順境も逆境も同じものと考えて喜びも悲しみも忘れ、そうしたことを超越して天命に安んじるのです。そして逆境を耐え忍び、その中で精神の修養に役立てることが重要であり、境遇の順逆はその人の心掛け次第でどうにでもなるわけです。換言すれば、「恒心」ということが大切なのです。

それは境遇の順逆に拘らず、常に定まっていて変わらない・ぐらつかない心のことです。具体的に言えば、逆境で落ち込んだり・他人を怨んだり・自棄(やけ)を起こしたりせず、順境で調子に乗ったり・傲慢になったりせずに、平常心で常時黙々と修養を続けることが重要であるのです。

此の乱れない恒の心を如何に醸成して行くかは大変難しいのですが、そうなるよう修養を積んで行くことが君子となる為の道です。孔子は「我々は此の恒心を保つような人間になるように努めなくてはいけません」と言い、常に恒心を要求しています。

例えば「君子は食を終うるの間も仁に違うこと無し。造次(ぞうじ)にも必ず是に於いてし、顛沛(てんぱい)にも必ず是に於いてす…君子は何時までも仁と共にあり、どんな慌ただしい忙しい時も、つまずき倒れるような危急の場合もそうでなくてはならない」(里仁第四の五)とありますが、正に「造次顛沛」にも仁の心を失ってはならないと言っています。

之は、どれ程の危機的時局にあってもリーダーは人民の心から離れてはならぬということで、要するに何時何時も他人に対する思いやりの心を持ち続けなければ駄目だ、と孔子は教えているのです。

あるいは『論語』の「里仁第四の二」に「不仁者(ふじんしゃ)は以て久しく約に処(お)るべからず」とあるように、不仁者は長い間苦しい生活を続けられず悪事を働いて逆境から逃れようとします。仁の心をきちんと持たねば、恒心を保つことも出来ないのです。

人生には危急の時もあれば、逆境の時もあります。そういう中に置かれたらば人間は、平常心が保てない状況になりがちです。しかしそれが一番いけない、と孔子は言っているのです。君子は常に恒心を保たねばならず、その為には己を磨いて行くしかありません。

ところが世の中は「亡(な)くして有りと為し、虚(むな)しくして盈(み)てりと為し、約にして泰(ゆた)かなりと為す」と「述而第七の二十五」にあるように、「無いのに有るように見せたり、空っぽなのに満ちているようにしたり、貧しいのに安泰な顔をしている」というのが一般的です。孔子がそれに続けて「難(かた)いかな、恒(つね)あること」と言うように、心の内を恒ある状態にずっと保っておくのは非常に難しいことなのです。

此の恒の心を保つに己を磨くべく、やはり一つには学問をせねばなりません。孔子にとっての学問の本義というのは、「命を知り、心を安らかにする」と共に「人生に惑わないために学ぶ」ことであります。

そういう意味で言うと、例えば荀子は「何のために学問をするのか」という問いに対し、「夫れ学は通(つう)の為に非らざるなり。窮して困(くる)しまず、憂えて意(こころ)衰えざるが為なり。禍福終始を知って惑わざるが為なり」と答えています。

之は、「学問というのは、社会的な成功の為に行うのではない。窮地に陥った時でも、苦しんだり意気消沈したりすることをなくす為である。我々に齎される災いや幸福の原因や因果関係をよく知ることが出来れば、困難に直面した時でも惑うことはなくなる。その為に学問をするのだ」という意味です。あるいは吉田松陰は、「およそ学をなすの要は、おのれが為にするにあり。おのれが為にするは君子の学なり。人の為にするは小人の学なり」という言い方をしています。

学問をすることによって心安らかになり、色々な事柄で惑わぬようになって行く--そういう人間にならねばならない、と孔子は教えているのです。彼はどれ程の窮地に追い込まれようとも、大変な肝が据わった人物であったようです。孔子が如何なる時でも恒心でいられたのは、天に対する絶対的な信頼感を有していたからでありましょう。

つまり恒心を保つ上で非常に大きな要因となるは、孔子のように天を信じきれるかどうかなのです。私も、孔子ほど肝が据わっているとはとてもとても言えませんが、周りの人と比べたらば胆力を有している方だと思っています。これ正に私も『論語』を初めとした中国古典を読み込んで学んできた結果として、天に絶対的な信を置けるようなったことが大きく少々の困難に直面しても惑うことない恒心を身に付けられたのだと思います。

恒心というのは、危機にあればあるほど大事なものです。リーダーであれば泰然自若とした雰囲気を出して危機にあっても慌てふためくことなく、そうした境地で冷静沈着に様々な判断を下し皆から意見を集めてベストチョイスを為して行く--そうした状況を作ることが非常に大切だと思っています。

BLOG:北尾吉孝日記
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