欧州統合の「偉大な遺産」が危ない! --- 長谷川 良

2015年09月02日 12:05

冷戦時代は終わったはずだ。1989年6月にはオーストリアとハンガリー間の“鉄のカーテン”は切断された。東欧担当記者だった当方も両国の国境線で行われたホルン外相(当時)とモック外相(当時)のカーテン切断式典に立ち会った一人だ。そのハンガリーで今度は対セルビア国境線沿いに有刺鉄線が敷かれたばかりだ。ハンガリー政府によると、年末までに高さ4メートルのフェンスも設置される予定だ。

ロシアがウクライナ東部のクリミア半島を武力で併合した直後、欧米の政治学者から「冷戦時代の再現か」といった懸念の声が上がったが、旧ソ連・東欧諸国の民主化運動のパイオニアだったハンガリーで切断した“鉄のカーテン”が再び設置されたわけだ。
冷戦時代の“鉄のカーテン”は共産主義と民主主義間の思想(イデオロギー)の分断を意味したが、新たなカーテンは不法移民の殺到を防止するために構築されたものだ。ハンガリーのオルバン政権によれば、175kmに及ぶ有刺鉄線の設置は犯罪対策というわけだ。新たな“鉄のカーテン”はハンガリーだけではなく、トルコ経由で殺到するシリアやイラクからの移民対策の為、ブルガリアでも設置が始まっている。

その一方、欧州諸国では国境間の検閲を廃止し、人と物の自由な移動を明記した「シェンゲン協定」(加盟国26カ国)の見直し、ないしはその一時発効停止の動きが出てきている。
直接の契機は2つある。オランダ・アムステルダムとフランス・パリの間を走る国際列車内で先月21日、モロッコ系テロリストが無差別テロを計画していたが、休暇中の米兵ら乗客によって取り押さえられるという事件が発生した。このテロ未遂事件が契機となって列車内のテロ防止のため乗客や荷物の検閲を再開しようとする動きが出てきた。

もう一つは、不法移民斡旋業者が欧州に移民を運ぶのを監視するために欧州連合(EU)加盟国は国境検閲を強化してきた。例えば、オーストリアとドイツ両国国境で先月31日、26人の移民を乗せたワゴン車が摘発されたばかりだ。

そこでシェンゲン協定に見直し論が出てくるわけだ。カズヌーブ仏内相は協定の見直しに積極的な発言をしているが、シェンゲン協定の撤廃を公に要求する欧州政治家はいまのところいない。ただし、協定の見直しはやむを得ないという見方が急速に広がっていることは間違いない。

冷戦時代の鉄のカーテンの切断と加盟国間の国境検閲の撤廃は欧州の統合を叫ぶEUの“偉大な遺産”と見なされてきたが、不法移民の殺到防止とテロ対策のため、新たに有刺鉄線が敷かれ、国境間の検閲が再導入されてきているのだ。その意味で、欧州の遺産が危機を迎えているといえるわけだ。
なお、EUは今月14日、ブリュッセルで内相・司法相の臨時閣僚会議を開催し、殺到する移民問題の対応について話し合う予定だ。

参考までに書くが、ヨルダンやトルコには数百万人のシリア人、イラク人難民が殺到し、両国もその対応で苦慮している。現地で難民をケアする国際食糧農業機関(FAO)関係者は、「難民に提供できる食糧や医療品は欠乏してきた。国際社会の支援がなければ、難民をもはや救済できなくなる」と警告を発している。ハンガリーや他の欧州諸国が有刺鉄線やフェンス建設に投入している工費だけでも多くの難民に食糧を提供できるという声が聞かれる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年9月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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