巨人・高橋監督就任に見る日本型意思決定の構造 --- 天野 貴昭

2015年10月27日 07:00

今回は「『リーダー感』の文化性・国民性」について幾つか意見提起をさせて頂きます。

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【トップの権限が弱い事は必ずしも悪いことではない】


過日書いたsealds に関するレポートでも触れましたが、元来、日本のリーダーには欧米で言うリーダーの様な大きな権限はありません。

この旧来の日本型(以後「日本型」)組織文化を良く確認できるのが、「プロスポーツの監督継承劇」だと思っています。

来年から監督就任が決まった巨人の高橋選手や前任の原・長島監督をはじめ、日本には「コーチ経験の殆どない監督」がしばしば表れます。

この様な現象はアメリカではまずありえません。かの国ではどんなに偉大な選手でも指導者になれば下部組織からキャリアを積みなおします。

逆にアメリカには選手時代の実績が全くない監督が結構います。D・ロッドマンが初優勝した時の監督、C・デイリーは元高校バスケット部の顧問です。本人にプロ経験はありません。

日本型チームの特徴はサブリーダー(コーチ)に強い権限がある点だと思います。各々に異なった権限を持つ複数のサブリーダーが、よく言えば「チーム内競争」悪く言えば「内部闘争」を繰り返することで合意形成がなされます。

日本型チームのトップは意思決定よりむしろ「内部闘争による組織崩壊の阻止」が重要な役割であり
そこが(いわゆる)アメリカ的な組織構成と大きく異なる点ではないでしょうか。

よく「監督を男にしたい」「監督を胴上げするのが目標です」と答える選手がいます、このように部下から「彼方を担ぎたい」と思わせる様な「神輿(みこし)的キラキラさ」を持っている事が重要なのです。

日本のサブリーダーらは味方同士で殴り合いつつも必ずどちらかの手で神輿を担ぎ続けます。神輿を落とせば全員負けです。

たとえば、sealdsの皆さんは恐らく人ではなく「sealds」というレーベルを神輿として担ぎ挙げてるのだと思います。それだけだと色々問題が吹き出し易いのですが、そこは部外者が立ち入り過ぎらない方が良いと思うので話を進めます。

日本型チームでは例えリーダーの采配力が未熟でも、勝ち上がったサブリーダーの意見に傾聴して判断すれば戦えます。

例えば、巨人・高橋監督就任劇では監督人事と同じくらい、ベテランコーチの川相・尾花の動向が重要だ、という事です。

この日本型システムが必ずしもよい訳ではありません従って、安倍総理の仰る「トップに強い決定権を許容する組織改革」を全否定するつもりはありません。

只、どうしてもリーダーの権限を強化するならば社会構造自体を一度ひっくり返す必要が生まれるとは思います。

【大切なのはリーダー育成より組織育成】


旧態の日本的社会に決定権の高いリーダーを据えると、リーダーとサブリーダーとの間で諍いが絶えなくなり、トップは内部崩壊を恐れ、周りをイエスマンで固め始める事が推測されます。

…というか、この兆候は(安倍内閣がそうだ、とは申しませんが)既に日本中のあちこちで垣間見られます。

こうなると組織は相当???な案件もどんどん承認する様になります。その結果、先日の理研でのスタップ騒動みたいな事件がわんさか現れる懸念があります。

これを避けるには、超長期展望をもって、まず「高校野球の監督がプロ野球の監督になれる社会作り」を作るしかないと思います。

勿論、他によい方法があれば実践して頂ければとは思いますが、(かなりの自信を持って申しますが)「これしかない」と思います。

【トップダウンシステムが既に時代遅れになっている可能性も加味すべき】


こちらのリンクでは現横浜マリノス社長嘉悦氏が、日産自動車時代に経営不振から立ち直った際の経緯について書かれています。

これを読むとゴーン氏は彼自身の意思を社員に伝達して成功した訳ではなく9つの小チームの構成と、そこに参加していたメンバー、及び「パイロット」と呼ばれるサブリーダー達が意欲的な意思疎通のできる「場(platform)作り」に奔走して成功した事がよくわかります。

これはむしろ旧態の日本型組織に近いシステムであり、そして、今sealdsの皆さんが目指そうとしている「未だ見えぬ目標」のひとつだと思われます。

そして現在、これと同様の取り組みは米国Amazon社やGoogle社などでも研究・挑戦されてもいる模様でもあります。

【「今話し合うべき事は憲法でも法案でもない」という考え方】


繰り返しますが「トップに強い決定権を許容する組織改革」を全否定はしません。

しかし
●現行の社会状況でその改革を断行すると、日本社会がこれまで培ってきたコンテンツを一度死滅させる恐れがあること
●その構造改革は、かえって改革が逆行してしまう危険性があること

この点についての議論は、ある意味「集団的自衛権」や「憲法改定」についての議論よりも重要で、また先行して行われるべきだと感じてならないのです。

皆さんはどう考えますか?

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