フランスのテロに見る新たな宗教戦争

2015年11月16日 10:45

先日放送されていたドラマ「天皇の料理番」で主人公の篤蔵がフランスを「革命の国」と表現していたシーンがあります。正に国の歴史が戦いそのものですが、今、世界がフランスに味方する強い意志を見せています。

その昔、宗教戦争といえば狭義ではキリスト教の諸宗派、特にカトリックとプロテスタントに見られる争い(30年戦争など)でありました。その後、中東ではユダヤとイスラム教、更にはキリスト教も入り混じった戦いが繰り広げられます。その三宗教は元が同じですからその主義主張に対するこだわり方は我々仏教や神道の者にとっては理解しにくいところがあります。

その宗教戦争が大きく形を変えたのがニューヨークで起きた911であります。その過激さ、一般市民を突如巻き添えにするスタイルは宗教戦争の切り口を変えました。その後に続く各地の自爆テロ、IS、そしてフランスで起きた今年1月のテロ、更には週末に起きた8か所に及ぶ同時テロとその攻勢が緩まることはありません。

911以降の宗教を背景とする問題はイスラム教の過激グループが主導する形で世界中で問題を引き起こす点で今までの宗教戦争とは一線を画しているように思えます。また、膨張しようとするイスラム過激派に対して制裁を加えると極度で過激な復讐を繰り返しているのも特徴であります。

その中でなぜ、フランスがその矢面に立たされているのか、その理由の一つはフランスの政教分離政策、「ライシテ」にあるのかもしれません。フランスの歴史は宗教との戦いとも言ってよいでしょう。16世紀からカトリックとプロテスタントの戦いが何度となく繰り返され、血で塗られた歴史を背負っています。その為に1905年に政教分離法が制定され、宗教色を出さないことが前提となりました。

例えばムスリムのスタイルである女性のスカーフを学校にしていくことも禁止となり、1989年以降、スカーフ問題だけでもフランス国内で延々と議論が続いているのです。言い換えるとフランスは歴史があまりにも宗教的背景を持ちすぎていることから法律で無理やり無色透明を作ろうとしたもののそれに反対する一派が反旗を翻しているとも言えるのでしょう。

それと近年の戦争は国家間の戦い、民族同士、あるいはイデオロギーの争いが主流でした。ところが今膨張するイスラム教徒の諸宗派、特に原理的思想をもったグループが力づくの主張を国境を越え、仁義なき戦いをする点に於いてかつての戦争のルールが無くなったともいえます。

戦争は最後通牒を行い、軍人と軍人の争いという大原則があるにはありました。第二次世界大戦ではその原則は大きく崩れましたが、例えば日本軍が真珠湾を攻めた時も相手の軍艦や軍事基地のみを標的としていました。このスタイルが本来あるべき戦争でした。

ところが今は自爆テロに見られるように何時どこでそれに巻き込まれるか分からない状態であります。ましてや今回のフランスの事件はレストラン、ロックコンサート会場、サッカー場など一般市民が金曜日の夜をエンジョイする全く無防備状態のところに攻め入っているのです。狂気の沙汰としか思えません。

私は背景に難民を受け入れた隙があった気がします。あの多くの難民に紛れてテロリストが入り込むリスクが高いと指摘されていました。今、フランスは非常事態宣言で国を閉じるぐらいのコントロールを行っています。考えてみればユーロ圏とはモノも人もお金も一体化する発想でした。しかし、それゆえに国のセキュリティが脅かされた可能性がなかったとは言えないでしょう。

そういえば安倍首相はテロとの戦いについてあのISによる日本人殺害事件以降、あまり強く口にしていない気がします。非常に難しい問題だという認識を改めて感じているのだろうと思います。たまたまG20がトルコで開催されていますが、見方によってはテロの危険度が高いトルコで開催、更にはトルコの大統領と暗いところで一定時間着席する映画鑑賞をしたのは今となっては安全への脇が甘いと思われてしまいそうです。

テロについて日本を含むアジアはまだ鈍感でありますが、対岸の火事ではないことを肝に銘じるべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 11月16日付より

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