国際テロには「中立」はない --- 長谷川 良

2015年11月19日 15:00

アルプスの小国オーストリアは中立国であり、冷戦時代は東西両欧州の架け橋的な役割を果たしてきた。同国の首都ウィーンには30を超える国際機関の本部、事務局が存在し、観光の街としても世界から多くの観光客が毎年訪れる。

音楽の都ウィーンは実際、犯罪発生率では他の欧州都市より低く、環境、交通、安全などを総合した「生活の質」ランクでも北欧都市と共に常に上位に位置している。

その意味で、オーストリアは住みやすい国だが、それは国民だけではない。「パリ同時テロ」は、テロリストなどイスラム系過激派活動家にとってもオーストリアは住みやすい国(潜伏しやすい国)であることを改めて明らかにした。

「パリ同時テロ」の実行犯は8人で、7人は現場で死亡、ないしは自爆した。もう1人のテロリストは目下行方をくらましている(8人の実行犯のほかに9人目のテロリストがいたという情報もある)。

その行方をくらましたテロリスト、サラ・アブデスラム容疑者(Salah Abdeslam)が9月9日、すなわち、「パリ同時テロ」事件の9週間前、オーストリアのオーバーエステライヒ州のヴェルス(Wels)で交通監視のチェックを受けていたことが明らかになった。このニュースが流れると、「またか」といったため息が国民の間で聞かれた。

ため息の背景を少し説明する。なぜオーストリア治安関係者は同容疑者(26)をその時拘束しなかったのか、といった治安関係者への批判が含まれている。警察官は同容疑者が前科者と知っていたが、それだけでもちろん拘束できない。「仕方がないといえばそれまでだが・・」といった諦めに似た思いが湧いてくるのだ。

オーストリアのメディアによれば、同容疑者(仏国籍者)はオーストリア警察官に車検証を見せ 、「数日間、休暇でオーストリアに来た」と説明したという。繰り返すが、同容疑者は兄弟イブラハムと他の6人のテロリストと連携して132人を殺害した主要実行犯の一人だ。

「パリ同時テロ」勃発前の11月5日、モンテネグロ出身の男(51)が銃、弾薬、TNT火薬を所持してオーストリア経由でドイツ入りした。そこでバイエルン警察の捜査網に引っかかり、車内の武器が発見され、拘束された。車のナビゲーションから男はフランスへ行く途中だった。

そのニュースが伝わると、「またか」といったため息が聞かれた。なぜ、バイエル側が拘束したのに、オーストリア側は容疑者を拘束できず、通過させたのか、といった少々自嘲的なため息だ。

メディア関係者からの質問に答え、オーストリア連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)局長は「男は車の中で武器を巧みに隠していたから発見できなかった」と説明し、男の能力が自国の警察当局者より上回っていたことを間接的に認める有様だ。

オーストリア警察、治安関係者の無能さを書くのが今回のコラムの目的ではない。シャーロックホームズのような優秀な警察官や治安関係者もきっといるだろうが、「パリ同時テロ」事件では不幸にも不運が重なっただけかもしれない。

どのような事情があるとしても、不祥事から教訓を引き出し、今後に役立てるのが賢者の生き方だ。そこで「なぜ、オーストリア治安関係者はチャンスを逃したか」という点について、持論を述べたい。

同国は戦後、中立国と表明し、紛争にタッチしない一方、その調停役を演じてきた。だから、国民も「わが国は中立だから、紛争に巻き込まれない」という確信が信仰にまでなっている。ウィーンで先日、シリア紛争の解決を模索する国際会議が開催されたばかりだ。これこそオーストリアの生き方だ。シリアの空爆など軍事行動には参加しないが、交渉テーブルを提供するという生き方、外交だ。

不幸にも、その生き方がテロ問題でマイナスとなって跳ね返っているのではないか。「わが国は安全だ」といった信仰だ。だから、テロリストが国内に暗躍し、「パリ同時テロ」の重要な容疑者がオーストリアで休暇を楽しんでいたとしても見えないのだ。

オーストリアでも過去、テロ事件が発生した。ウィーンに本部を置く石油輸出国機構(OPEC)をテロリスト・カルロス一味が襲撃し、閣僚を含む多数の死傷者を出した「OPEC襲撃事件」(1975年12月)と、パレスチナ人ゲリラ指導者アブ・ニダル容疑者が1985年にウィーン空港を襲撃した無差別銃乱射事件が代表的なテロ事件だ。

オーストリアからシリア紛争に参戦したイスラム系国民は250人、その内40人が戦死し、70人が再び帰国したという。治安関係者はシリア帰りのイスラム系活動家を監視している。同国はイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」のテロ警告国リストにも入っていた。だから、治安関係者も国民も潜在的な危険を感じていることは間違いないだろう。

しかし、大きなテロ事件から既に30年経過した。「中立信仰」は国民のアイデンティテーとなり、「テロ」に対するシリアスさを無意識のうちに失ってきたのではないか。国際テロには「中立」は役に立たないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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