トルコとロシアの因縁 --- 鈴木 健介

2015年11月25日 07:00

tr02
トルコは世界でも有数の親日国家である。私の旅の実体験では、その親日ぶりは台湾に匹敵する。

私は3度トルコを旅し、そのうちの1度は南東部以外のトルコの大地を1周したのだが、その時のトルコ人の私たちに対する親切心は、度が過ぎると言ってもいいほどだった。それはイスラム教の国々を旅した時に必ず感じるムスリムとしての旅人へ親切心、というよりはむしろ親日としての日本人贔屓のように思えた。

黒海沿岸の田舎町ウンイェでは、あるトルコ人に完全な日本語で話しかけられ、彼は柔道の黒帯でこの街で柔道を教えていた。道場に連れて行かれた私達は、その教え子たちに「柔道の本場、日本人だ!」という羨望の眼差しで見つめられ、素人の私は「どうか1つお相手を」と言われないか終始びくついていたものだった。

あるデータによれば、中国人と韓国人を除いた世界各国の中では、トルコ人はドイツ人とともに反日(というよりはそこまで日本好きではない)だという話だが、私の経験では紛れもなくトルコ人は親日だった。トルコが親日だという理由は諸説ある。

約120年前に和歌山県沖で難破したトルコ船エルトゥールル号を日本の漁村民が助け、その後日本政府によって送り返してもらったとか、オスマントルコ崩壊後のトルコ建国の父アタチュルクが、明治維新の日本の近代化を見習ったとか、大昔の中欧アジアではトルコ人と日本人は同一民族で、アジアを東西に別れて民族大移動した西の果てと東の果てだからとか、色々とあるのだが、その親日の諸説の1つに、「日露戦争で日本がロシアに勝ったから」という話がある。

当時のオスマントルコは帝政ロシアとの長い長い歴史の中で、11度戦争して、11度敗戦。

敗戦の度に領土を取られて現在に至るトルコ人の反ロシアは並大抵のものではない、その不倶戴天の敵ロシアに同じアジア人である明治日本が日露戦争で勝ったのだ。その時トルコ人は狂喜乱舞し、トーゴウという名前を子供につけたと言う。

さて昨日のニュースで、トルコがシリア国境近くのトルコ領空でロシア軍機を撃墜したというニュースがあった。

ロシア側はシリア領空だったと説明しているが、これには謎が多い。というのも、昨年トルコとロシアでパイプラインの条約が締結し、ロシアはウクライナや欧州を経由せずとも、黒海とトルコ経由で、地中海に出れる道を確保した。いわゆるサウス・ストリームからトルコ・ストリームへの転換である。その両国の関係はアタチュルク以降で初めてかつ最高の関係とまで呼ばれていたのだ。

なのになぜ?

シリア内戦においてトルコは反体制側、ロシアはアサド政権側についていると言われるが、先日イスラム国に航空機を撃墜されたと言われるロシアが、イスラム国に対しての報復行為の作戦として、この戦闘機を派遣したのだとしたら、反イスラム国でもあるトルコにも利があるはずなので、これはイスラム国との問題とはまた別の何か、クルド人問題やトルクメン人問題などが絡んでいるのかもしれない。

トルコはEU加盟国ではないが、NATO加盟国である。それが問題を一層複雑にする。

この事件が何かの引き金にならなければいいのだが。

鈴木 健介

無職37歳。
バックパッカー。訪問42ヶ国。
元音楽家。シングル「善悪無記の形相」、アルバム「ドクサ」発売中。
早大卒。

けんすけのこばなしより

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑