私は何故シールズを批判するのか?

2015年12月20日 19:00

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今一部の人たちの脚光を浴びているシールズはやがて破綻するだろう。その理由は、マスコミや一部の政治家達が彼等を実力以上にチヤホヤし過ぎているからだ。虚飾はやがて剥げ落ちる。そして、私は、後で述べる理由により、むしろその時期が早く来る事を望んでいる。

幻想にしがみつく大人達


私は直接見ていないので、これは実際に彼等のデモを見た人達からの伝聞だが、実際にデモに参加していたシールズのメンバーとおぼしき若者は20人にも満たず、その周りを囲んでいる大人達がその4-5倍以上に見えたとの事だ。(デモ全体での「中高年対若者比率」はもっと大きく見えた由。)

要するに「学生と若い労組員が中心だった昔の安保闘争の大規模デモ」を懐かしむ一部の大人達が、時代遅れになりつつある街頭デモを何とか復権させたいと足掻いている印象が拭えない。

共産党は「仕掛け人」側のようにも思われるので別格だが、一部のマスコミや民主党議員が「遂に若者達が声を上げ始めた」として、彼等の行動があたかも「時代の転換点」ででもあるかのように語っているのを聞くと、「もうこの程度のものしかネタがないのか?」と感じ、むしろ痛々しい気持ちになる。

シールズのどこがダメか


最もがっくりするのは彼等の組織だ。聞くところによると、正式会員は180人程度との事で、その中に「デザイン」「デモ」「映像」「コンテンツ」「出版」「サロン」「広報」「戦略」などの活動班があるらしいが、驚くべき事に、「政府の政策を変えさせようとする」組織なら当然あるべき「情報分析」とか「理論武装」とか「政策(対案)提言」とかを担当する組織が全く欠落しているのだ。

これではまるで「文化祭の展示物を作る組織」と同レベルだ。大学の各クラブや研究会の目的は文化祭ではなく、日常の研究活動なのだが…。

私が彼等を批判しているのを見た或る人からは、苦笑しながら「何でそんな取るに足らない連中の事を気に止めるのですか」と諌められたが、私には彼等を批判する理由がある。

思想的な深さにも戦術的な真面目さにも欠け、文化祭のノリで騒いでいる程度に過ぎない様な彼等が、「現代の若者達の代表」であるかの様に思われれば、もし私が「現代の若者」なら腹が立つだろうし、現代の平均的な若者達がもし本当にこのレベルでしかないのなら、将来が心配になるからだ。

致命的な哲学思想の欠如


最近の横浜での彼等のデモを見た人の話では、彼等はバンドに合わせて次のようなシュプレヒコールをひたすら繰り返していたとの事だった。

「戦争しないと決めた」「70年間決めてきた」「戦争の道具作るのやめよう」「戦争の理由作るのやめよう」「誰の子供も殺させない」「ママは戦争しないと決めた」「パパも戦争しないと決めた」「安倍は辞めろ!」「戦争法案今すぐ廃案」「憲法違反の法律いらない」「戦争する国絶対反対」等々。

日蓮宗の信徒達は、太鼓を叩き「南無妙法蓮華経」というお題目を唱えながら大勢で街頭を歩く。自分の信仰を確認すると共に「世の中の人達を救いたい」という気持からだろう。この点ではよく似ている。彼等も「こういうデモによって戦争を防ぎ、世の中の人達を救える」と本気で考えているのかもしれない。しかし、大きな違いが一つある。

日蓮宗の教えは、始祖の日蓮上人が長年間の修行の末に、幾多の苦難を乗り越えて辿り着いた境地がベースになっている。更にその根源には、古代インドの「法蓮華経」の著者自身の深い思索がある。それに対し、彼等のシュプレヒコールは「耳触りのよい言葉」を思いつきで寄せ集めただけで、事実と論理の裏付けが殆どない。

全てが「どこかに極悪人がいる(それが安倍だ)」という前提に立っているので、その前提が崩れると(「安倍首相は、世界のレベルで言えば、まあ常識的な保守政治家の一人に過ぎない」という事になると)全てが崩れてしまう。そうでなくとも、シュプレヒコールの中のどの言葉も、突っ込みどころ満載で、違う考えの人達とまともに議論すれば、簡単に論破されてしまいそうなものばかりだ。

かつての安保闘争に参加した若者達の多くは、基本的に「ソ連や中国、北朝鮮の体制の方が当時の米国や日本の資本主義体制より優れているのではないか」という考えを持っていた様に思われ、彼らの多くの主張はその思想をベースにしていた。まあ、今からみれば間違っていた思想だとも言えるが、指導者達は一応マルクスやレーニンの著作なども読んでいた。

若者達への期待は大きい


若者達が将来の政治の鍵を握っているというのは事実だと思う。既存の利害関係にまだそれ程縛られていない若者達には「白紙から考える」特権がある。既得権には無縁で、正義感もまだ萎えてはいないだろう。学ぶ時間もたっぷりある。老人と異なり、頭は柔軟でそんなに簡単に疲労はしないだろうから、徹底的に考え、大いに議論して、自分の考えをより強靭にしていく事も可能だろう。

よく勉強し、「事実関係についての豊富な知識」と「隙のない論理」で武装すれば、今の時代の日本では「他の人達を説得する手段」には事欠かない。ネットの世界でも存在感を示せるだろうし、頑張れば論文を書いて世に問う事も出来る。同じ考えを思った人達の組織(例えば政党)の中でも、短時日のうちに大いに存在感が示せるようになるだろう。街頭を練り歩いてシュプレヒコールを連呼する等は、最後の手段と考えるべきだ。

私は若い人達にもっと政治に関心を持って欲しいし、その中で大いに貢献もして欲しい。若い人達が特に関心を寄せるべきテーマとしては、「戦争を防止する」「経済安保に遺漏なきを期す」「年金制度を破綻させない」「雇用機会を増やす」「労働環境を良くする(ブラック企業を撲滅する)」「不労所得を許さない」「教育の質を高める」等々、数限りなくある。

二つの具体的な注文


具体的には、私は若い人達に次の二つの事を是非やってほしいと思っている。

一つは「相手の立場に立って考えてみる癖をつける事」。この為にはディベートのトレーニングを受けるのが一番良い。「自分の論敵の立場で自分を論破しようと試みる」訓練を常にしておけば、実際の議論でも勝てる可能性が多くなるし、場合によれば自分の考え自体を180度変える契機になるかもしれない。

もう一つは「歴史から多くを学ぶ事」。特に世界の現代史を学ぶ事は、現在のあらゆる政治的な問題に正しく対処する為に必須だ。

私は最近、池上彰さんが2011年の夏に信州大学で行った11回にわたる現代史の講義を収録したビデオを見る機会があったが、多くの教訓に満ちた歴史的な事実が極めて公正に語られている事を知って、いたく感心した。全ての若者が先ずこのような歴史的事実をよく勉強した上で、種々の問題についての自分の考えを固めていく事になれば、日本の将来に対する私の懸念は大幅に減少するのだが…。

松本 徹三

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