アメリカの世界戦略の失敗が戦後の「ねじれ」を生んだ

2015年12月31日 09:03
敗者の戦後 (文春学藝ライブラリー)

今年は戦後70年だったが、右派はいまだに日本がアメリカの属国から脱却できないというルサンチマンを繰り返し、左派はいまだに反米感情をあおっている。こういう時代錯誤は、もう今年で清算しよう。

これを戦勝国の側からみると、どうなるだろうか。そもそも日米戦争は、ルーズベルトがヨーロッパ戦線に参戦するために日本を挑発したものだ。このときルーズベルトの念頭にあったのは連合国vs枢軸国の世界支配をめぐる戦いであり、枢軸国を全滅させれば恒久平和が実現すると考えていた。

日本の敗戦にあたって「国体」を護持するかどうかで、連合国の中でも意見がわかれたが、マッカーサーは天皇を残す代わりに日本を非武装化する新憲法を制定させた。彼はこれで主要な脅威は除かれると考えたので、ソ連には参戦をうながし、中国の内戦でも国民党を十分支援しなかった。

このため大陸を中ソが支配し、最大の脅威になった。アメリカが失敗に気づいたのは1950年の朝鮮戦争で、日本を強力な同盟国にするために再軍備を求めたが吉田茂は拒否し、安保条約という中途半端な同盟ができた。これが今も日米関係の「ねじれ」として、右派や左派のルサンチマンになっている。

本書によれば、戦後処理には第1次大戦型ナポレオン戦争型があるという。当時アメリカは、第2次大戦の戦後処理は第1次大戦に準じてやるべきだと考えた。それは敵味方の関係が戦後も基本的に変わらず、敗戦国を徹底的に無力化して新たな戦争の脅威を除くものだ。ヴェルサイユ条約ではドイツをいじめすぎて戦争が再発したので、GHQの占領体制は寛大だった。

しかし実際には、第2次大戦はナポレオン戦争型だった。これは戦中と戦後で、敵味方の関係が大きく変わる戦争である。最大の脅威だったナポレオンがいなくなると、対仏同盟を組んだ四大国がロシア・プロイセン対オーストリア・イギリスという二つの陣営に分裂して対立し、フランスは後者の陣営に参加した。この新しい対立が19世紀の数々の戦争の原因になり、最終的には第1次大戦に至る。

日本の場合には、1945年までの連合国vs枢軸国という対立が消滅すると同時に、冷戦と核兵器という新たな脅威が生まれたのだから、対立軸を転換し、日本が再軍備するとともに、強固な日米同盟で中ソを抑止する体制をつくるべきだった。

ところがアメリカは国際連盟の代わりに国際連合をつくり、集団安全保障で平和を維持するウィルソンの理想を実現しようとし、ソ連に裏切られた。彼らは中国と東欧を支配下に収め、「二つの世界」をつくったのである。

このアメリカの世界戦略の誤算が、戦後の不安定な世界情勢を作り出した元凶である。「世界の警察官」を自負したアメリカは、その後もベトナムや中南米に介入して失敗し、中東では問題を破局的に拡大した。

その中では東アジアは、まだ日本という信頼できる同盟国がいるだけ安定しているが、軍事的には中ソという巨大な脅威を抱え、北朝鮮という「起爆剤」がある。今回、日韓が合意を急いだ背景には、東アジアの「有事」が遠くないというアメリカの戦略的判断が背景にあると思われる。

池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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