HPVワクチン、いわゆる子宮頸がんワクチンの安全性は、政治という文脈で語られるべきではないと思います。
過去、我が県議会でもとある議員が福祉保健部長に対し、
「たとえ国がこのワクチンの安全性を認めたとしても、我が県は認めないで欲しい!」
と本会議場で訴えた時は、言いようもない虚しさを覚えました。
その後、同僚議員としてワクチンについての基礎知識、女性の身体を守る意味についても情報提供致しましたが、返ってきた答えは、
「女性はみな結婚するまでしなきゃいいのよ。」
というもので、絶句するしかありませんでした。
このワクチンについては、様々な地方議会から国に対して意見書が届いていますが、恐らく同様の議論が行われてきたことと推察致します。
※ 上記の発言の通りにしても感染は防げません。
※ HPVワクチンは女性の性行動へ影響を与えたというエビデンスはありません。
ワクチンの有効性や安全性はあくまで科学的に吟味されるべきもので、特定の信奉やイデオロギー等に基いて議論されるべきものではありません。
過去、国会の議員会館で反対派の皆様が集会をされた際には、国会議員はもちろん、地方議員、そしてそれなりの立場の小児科医までもがマイクを握って政治活動を行っております。
早期の被害者救済の措置や、救済制度のあり方を主張するのならまだしも、ワクチンの安全性そのものは政治的な価値判断の対象ではないはずです。
ですから地方議員である私自身、積極的な意見表明を控えておりましたが、日本の政治家の態度にまでNatureで言及され始めたので、具体的な安全性の議論には深入りしない形で私見を述べます。
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HPVワクチンを巡る経緯はざっくりと以下の通りです。
2010年11月 国の公費助成開始(国は半額助成) 多くの自治体で実施
2013年4月 定期接種化(国が接種を強く勧め、スケジュール化される)
2013年6月 副反応検討部会で、データを揃えることを理由に「積極的な勧奨を中止」が3票、「このまま継続」が2票の1票差で積極的な勧奨が中止
2014年1月 同部会でワクチン接種後の広範囲の痛み、運動障害は心身の反応により引き起こされた可能性が高いとまとまる。
2014年7月 同部会で今までと状況に変わりはないとして、現状の措置を継続。
2015年9月 同部会で2014年1月以降新たな知見は無しとして現状の措置を継続。
なんと積極的な勧奨が中止となった決定は、3対2というきわどい賛否の結果に基づいています。そしてその後、状況に変化はないことを主な理由に上記措置が継続しています。
しかし2015年9月の時に資料として提出された論点整理から副反応報告について抜粋すると、
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① 我が国における子宮頸がん予防ワクチンの接種後の副反応報告全体の頻度は、海外と比較して格段高いわけではない。
② 副反応のうち、広範な疼痛以外の各疾患・症状が発生したとする 副反応の報告頻度についても、我が国は海外と比較して格段高いわけではない。
③ 一方、接種後に広範な疼痛を来した症例については、我が国よりも報告頻度は低いものの、海外でも報告されている。ただし、海外当局は、これらの症例について、発症時期・症状・経過等に統一性が無いため、単一の疾患が起きているとは考えておらず、ワクチンの安全性に懸念があるとは捉えていない。
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とあり、副反応報告についてもかなり分かってきている部分があります。
にもかかわらず積極的な勧奨を再開するにあたって議論が慎重になっている背景には、記事冒頭のような政治的な動き、メディアによる報道も少なからず影響しているのではないかと懸念せざるを得ません。
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こうした日本の動きに対して、世界保健機関(WHO)は繰り返し疑問を投げかけており、12月17日の声明では日本の状況に対し、「薄弱な根拠に基づく政策判断は、安全で有効なワクチンの使用中止につながり、結果として実害を起こしうる」と批判しております。
世界で最も権威ある科学雑誌の一つ、Natureの記事では、「政治家が科学の側に立つ国もあれば、少数意見に屈する国もある。」として、日本の例を引いています。
臨床医学の権威ある雑誌の一つ、The Lancetでは、「日本におけるHPVワクチン危機」として、上記の世界保健機関と同様に日本を批判しています。
また、米国の疾病予防管理センター(CDC)、世界保健機関(WHO)、欧州医薬品庁(EMA)のいずれもがその安全性を認め、積極的な接種を推進しているなか、日本の状況は極めて奇異に映ることでしょう。
2014年に子宮頸がんで亡くなった日本人は2,900人(国立がん研究センター)、罹患した方は1万人以上と推計されます。
ワクチンの有効性は子宮頸がんへの罹患率を60~70%減少させると見積もられており、もしこの数字のままでは年間で2,000人前後の女性の死亡を防ぐことができます。
もちろんこの数字は見積もりであって実証されたものではないのですが、すでにHPVへの感染率減少や前がん病変の減少が、オーストラリアやイギリスなどいくつかの国で確認をされております。
たとえ罹患率を減少させる効果が見積もりより低かったとしても、そのインパクトが大きいことに変わりはないでしょう。
もちろん、全ての薬に副作用があるように、あらゆるワクチンに副作用のリスクはあります。その副作用は一切許容できないとする一方で、ワクチンを勧めないという不作為によって失われる利益については無関心、というのでは健全な態度とは言えません。
メディアの報道によって副作用についての社会の関心が高まり、データも不十分だった2013年の時点では、「しばらくの間」勧奨をペンディングとする防御的な措置を取らざるを得なかったことも理解できます。
HPVの感染の仕方は麻しんや風疹のようにあっという間に感染が広がるものではないので、1週間、1ヶ月を争うものでもありません。
ただ、その「しばらくの間」というのも私の感覚からすればせいぜい6ヶ月~1年程度のもので、すでに2年6ヶ月が経過した現在では接種対象年齢を過ぎてしまった女性も数多く、また世の中の理解もワクチンの安全性には疑問符がついたまま定着しようとしています。政治活動も活発化してしまいました。
そして11月27日の副反応検討部会では、、HPVワクチンの有効性及び安全性に関する疫学研究と題して、2015年7月から3年計画の研究概要が報告されています。
しかしこの研究結果を慎重に待っていては、更に長い時間が経過してしまうことが予想されます。現状維持、経過観察という行動そのものが、若い女性の健康、国民の理解、日本の医療政策への国際的信頼、それぞれを損ないかねないと懸念します。
そろそろ日本も、手持ちのデータと世界で集積されているデータを吟味し、ワクチンの接種率が極度に低下してしまった損失を秤にかけた上で結論を出してもいい時期に来ているのではないかと思います。
もちろん、ワクチンとの因果関係が否定出来ない副反応で苦しむ患者さんに対しては、疑わしきは救済という思想で救済の対象を幅広く取り、患者さんには徹底的に寄り添う姿勢を整える必要があることは言うまでもありません。
様々な特徴から政治問題化しやすいHPVワクチン。静かな環境で速やかに今後の方針が決定されることを祈っております。
清山知憲 宮崎県議会議員(自由民主党、宮崎市選出)
1981年生まれ。東京大学医学部を卒業後、沖縄県立中部病院、米国ベスイスラエルメディカルセンターでの研修を経て、現在2期目。議員業の傍ら内科診療にも従事する。
Twitter: @T_Kiyoyama
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