2016年 丙申の年のドル円相場

先月29日の日経新聞記事「日米選挙イヤーはドル高? 米利上げ、大統領選巡り思惑」の中に「金融政策の方向性に関係なく、そもそも大統領選の年は、ドル高が進む例が多い。FRBが算出する名目実効為替レートでみても、大幅に下落したのは04年だけだ(中略)。米大統領選と同時に投開票される米議会選で民意のねじれが生じれば政局の混乱への懸念が強まり、ドル安への転換が早まる展開もありそうだ」との指摘がありました。


先日ある人に「北尾さん、16年末のドル円相場につき如何なる見通しを御持ちですか?」と尋ねられました。私は「為替というのは推理の類が働かない複雑系で、多くの変動要因を全て総合して動いて行く中で決せられるものです。今から年末のレートを理論的に予測することは出来ません。仮に言うとすれば、それは勘以外の何ものでもありません」と答えました。

FRBは日本時間の先月17日FOMCで9年半ぶりに、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の新たな誘導目標を年0.25~0.50%に引き上げることを全会一致で決定しました。之を以て今後の利上げペースに関しては例えば、フィッシャーFRB副議長が先週水曜日『年内4回の利上げを示唆する米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの予測中央値について「大まかにいって妥当」だと述べ(中略)、年2回程度の利上げを見込む市場の予測について「少なすぎる」とし、「市場は今後の進展を過小評価している」と発言した』等とも報じられます。今年中に1%程度の利上げが行われるのか、利上げは何度実施されるのか、今マーケットでどれだけの上げ幅が織り込み済みか--これから生じる事柄は全く以て分かりません。

30年前より年初に「びっくり10大予想」を公表しているバイロン・ウィーン(米ブラックストーン・グループ副会長)は本年、その10大予想の一つに「米景気の回復鈍化や米企業業績の低迷を背景に米連邦準備理事会(FRB)による利上げが年1回」0.25%に留まるとの予想を出されたようです。これから米国では経済情勢を踏まえると、緩やかなものにとどまるかもしれませんが着実な政策金利引き上げが実施され行く一方で、日本ではひょっとしたら次なる「黒田バズーカ」が炸裂するかもしれないとか、あるいは仮に当該バズーカが放たれずとも黒田日銀は当面緩和を継続するといった状況の下、日米金利差が拡大し当然円安基調を辿って行くものとシンプルに判断することも出来ましょう。逆に04年や99年、94年の引き締めサイクル開始時のようにドルが再び下落する可能性もあるでしょう。

兎にも角にも年初より我々が見てきたのは、中東や北朝鮮等における地政学的リスクの高まり及び中国の金融経済情勢等を背景とした急進的な円高進行であります。現実問題として年初からここ数日だけで、昨年末終値の1ドル=120.42円より約3円も振れているわけです。年末の為替水準などそう簡単・単純にどうなると予測出来るものでなく、その時々の様々な状況の中で変わってくるものですから、いま一概に論じるのは極めて難しいと思います。

私自身は、種種雑多な人間がいて様々な矛盾を内包する複雑系の代表たる経済の世界では、純粋なモデルで以て一刀斬りするよりも結果こそが全てだという前提認識を有しており、為替についても割り切りの知すなわち劃然(かくぜん)たる知では判断を間違うことにもなると考えています。昨年3月のブログ『「2年で2%」というインフレ目標』でも述べたように、凡そ複雑系の中でもそもそも経済というのはある意味最も複雑なものであり、然も今や世界中の経済が相互に絡み合い密接不可分な状況下、様々な事象をグローバルで総合的に想定しその難解極める複雑系の背後にある種の法則性を見出して割り切れはしないでしょう。

今年は丙申(へいしん・ひのえさる)です。『年頭所感』(16年1月4日)でも簡単に触れましたが過去の丙申の年、60年前の1956年を例に振り返ると海外では、スーダンがイギリスから独立、モロッコやチュニジアがフランスから独立し、またスエズ危機、第二次中東戦争等々の紛争・戦争もありました。当地域では、拝火教とも言われる「ゾロアスター教…古代イランのZoroasterを開祖とする宗教」が紀元前6世紀頃に生まれ、また昔から戦時には常に火の堤防が築かれたりもされてきました。五行説で見ても丙は火の兄であり、火扁を付けた「炳」に通ずるもので、火と縁が深く火とオイルとは結び付きますから、そもそも中東を巡っては色んな意味で要注意の年回りだと言えましょう。

前々から指摘しているように、「中東におけるイスラム教スンニ派とシーア派の対立の深化とサウジアラビアとイランの緊張リスク」が高まる中で戦争が勃発したらどうなるか、あるいは昨日NY原油市場でWTI先物価格は一時1バレル=30ドル台後半に値下がりし、2003年12月以来およそ12年1か月ぶりの安値水準をつけたわけですが、之が一部投資銀行の予測通り20ドル台に下落したらどうなるか、といった具合に此の複雑系にあっては次々とまた新しい事象が起こり新たな現実が生じてくるのです。

そして予測不能を極めるは、今後の世界情勢を見る上で最も重要なイベントであり、私が本年最大のリスクと考える米国の大統領選挙の行方、即ち「トランプ・リスク」です。之は、前回のブログ『2016年 世界の10大リスク』でも指摘した通り「イスラム教徒の米入国禁止案」等々、唐突で突拍子もない持論を展開するトランプが次の米国大統領になったらば、何がどう変わるかが全くの未知数でそれが最大のリスクになるわけです。

私は此の年初、株式相場の格言で「申酉(さるとり)騒ぐ」とありますが経済は騒がしくなることが予相されます、というふうな言い方をしました。例えばNYダウが初めて500ドルを超えたのは、実は60年前の丙申の年です。先週だけで「世界の株式の価値が2.3兆ドル(約270兆円)以上失われた」ようですが、そういう意味では株式相場で言うとボラティリティ高まるものの基本的には上下しながらも右肩上がりで、結構強いのではないかという気がしています。但し、為替見通しに関しては上記要素等々を含めて考えるに、株式相場以上に本当に読めないものだという感がしています。中国の信に足らぬ各種指標を注視するのも勿論重要だとは思いますが、米国が利上げに向かうプロセスで新興諸国通貨からどれだけのマネーが米国に還流するかもまた大きな変動要因でありましょう。

短期的には昨年8月24日の「世界同時株安」時に付けたドル高値、116円15銭を意識した展開になるのかもしれません。但し、先に再三再四指摘してきたように為替予想の類は嘗て程に単純でなく、世界各国の金融経済政策のみならず色々な複合的要素が複雑に絡み合う中で決せられるものです。その予想は他の状況を不変として短期間には成立し得るとしても、他の状況が時々刻々変化して行く過程を経、多事多端な変動要因うごめく最中、中長期のそれは言うに難しというものです。

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