山口二郎教授によれば、東大生のような偏差値の高い若者が反安保法制のデモに参加しなかったのは、「社会の不正を正す正義感がなく」「リターンのない活動は無駄と切り捨てる(実利主義)」故だとの事だが、この論評は「安保法制は『不正』との勝手な決め付け」が全ての前提になっているので、とてもマトモなものとは受け取れないし、日本の大学教授の見識の低さを露呈している様で、悲しくなる程だ。
これに対し、池田信夫さんの1月24日付アゴラ記事によれば、東大生が現在政治に求めているものは、第一に「成長基盤の確立」、第二に「財政破綻の防止」、第三に「世代間不公平の是正」、第四に「セイフティーネットの構築」、第五に「少子高齢化・人口減少対策」、第六に「貧富の格差是正」第七に「環境問題」となっている由なので、極めてマトモである。彼等を「正義感がない」等と言ってけなす大人達は恥を知るべきだ。
今、日本で必要とされている議論
今、与野党が本当にガチンコで議論しなければならないのは、まさにこういう問題をどう解決していくかだ。上述の七つの問題に絞っただけでも、「アベノミクス」や「軽減税率」「一億総活躍」といった安倍政権の「看板政策」に対する突っ込みどころにも事欠かないから、少なくとも安倍さんをヒットラーに喩えてみたり、「人間じゃあない」という理由で「たたっ斬」ろうとしたりするよりは、政権に打撃を与えられる可能性はずっと高い。
共産党の場合は、元々「現実的な対案」はないのが普通で、デモ効果さえあれば十分なのだろうから、まあどうでも良いが、一度は政権を取った事もある民主党が、「この七つの問題に対する自党の対案」を示して論戦を挑もうともせず、確実にリターンがゼロの「安保法案廃案」等といった事を選挙の目玉にしようとしているという話を聞くと、流石に暗い気持ちにならざるを得なくなる。「日本では健全な中道左派は永久に生まれないのだろうか」とも思ってしまう。
さはさりながら、安倍首相の経済政策は「市場原理主義」ではなく、むしろ左派政党のお株である「国家統制」に近い色彩があるので、左派政党としては攻め口が見つけ出し難いのに同情はする。識者の間での評判が最悪の「軽減税率」も、「生活弱者への配慮」というイメージがあるので、左派政党としては反対し難いのだろう。「世代間格差」を問題としようとすると、大票田の団塊世代(安保闘争世代)を敵にしそうだし、「法人税減額」を攻撃しようとしても、「それでは空洞化を防ぎ得ず、雇用も増やせない」と反論されるとぐうの音も出ない。
民主党に対するアドバイス
この様に考えると、民主党のような「中道左派を志向すべき政党」としては、率直に言って現状は「万事窮した」感がある。となると、この時点ではじっと我慢して、「自民党に対する健全な牽制勢力」という評価を国民の中に定着させる事のみに意を注ぎ、「将来の敵失を待って、再び政権の座に返り咲く事を狙う」しかないのかもしれない。
(将来再びチャンスが巡ってきた時には、「何故先回の民主党政権は失敗したのか」を堂々と説明し、「十分学習したので、もはや誤りは繰り返さない」と言明すべきだ。)
さて、「我慢の時期」の具体的な政策としては、私としては下記を打ち出す事を提言したい。
1)日本の安全保障の問題を真剣に考え、日米同盟は支持するが、納得出来ない米国側の要求に対しては堂々とNOと言える政府を作り、米国の戦争に巻き込まれる可能性を排除する。
2)「税と社会保障の一体改革」については「三党合意」の厳正な履行を迫り、政権党の優位性を利用したポピュリズムを強く牽制する。既得権の排除についても「政権党の不作為」を厳しく監視する。
3)アベノミクスの功罪を白日のもとに晒し、緻密な数字で分析し、国民に「株価のみに惑わされない評価」を求めると共に、政権党には「財政破綻を回避する具体的な出口戦略」の明示を求める。
4)経済のグローバル化は「避けられないもの」として受け入れるが、米国と一線を画する諸外国と協力して、国際金融資本の投機的な行動には一定の規制をかけるべく努力する。
5)TPPは「日本の産業構造の変革にチャンスをもたらすもの」として積極的に受け入れるが、強大な多国籍企業の飽くなき利益追求が、「日本政府を提訴する」という形で、日本国民の利益を害さない様、厳しく監視する。
6)政治倫理については、政権党に対しては勿論、自党に対しても徹底的に厳しい姿勢を貫く。全ての献金はあらかじめ登録された銀行口座を通じてしか出来ない旨を明確に定め、献金の上限も定める。「全ての口利き料は賄賂と見做す」事も明確に定める。
7)「地域振興」の為の活動は、それぞれの地域に根を張った「非自民、非共産の良心的な人達」との連携に意を注いで、地道に行うべきだ(ヘンリー・ミンツバーグ(カナダの経営学者)が提唱する「多次元セクター」は、こういった地域による活動を統合する形で進めるのが良いかもしれない)。
なお、上記のような政策を打ち出せば、当然の結果として、共産党や社民党との政策協定は出来ないだろう。大選挙区での選挙協力をやるのは良いとしても、「阿吽の呼吸」でやるにとどめるべきだ。
苦しい時程遠くを見よ
これは、百戦錬磨の事業家たちが自らの経験から語った言葉だが、新しい時代の左派政党が深く味わうべき言葉であるとも思う。相手が時流に乗っている時に、小手先の術策で小さな得点を得ようとするのは愚かだ。こういう時には、敢えてレベルの高い議論に徹して、将来の為に自らのポジションを確立すべきだ。
現代の左派は、長年目標にしてきた社会主義経済(国家計画経済)を、もはや標榜する事が出来ず、新しい理念の構築を迫られている。しかし、それはそんなに難しい事ではない。資本主義が多くの矛盾を内包している事は、昔も今も変わらないのだから、その一つ一つの問題点について「実効的で大きな副作用をもたらす事のない政策」を考えていけばよいだけだ。
しかし、これはグローバル・ベースでやらなければ全く意味をなさない。現状では「米国流」が実質的な「グローバル・スタンダード」になっているから、これにメスを入れなければ、この波に押し流されてしまう。どんな国であっても、国民の生活を向上させようと思えば、経済鎖国はあり得ない選択だ。
当面の目標とすべきグローバルな活動
前述の事と若干重複になるが、以下三点の重要性をあらためて指摘したい。
具体的な問題としては、まずは国際金融取引(特に先物取引)のルールだ。米国の法制は「国際金融資本の強力なロビー活動」に既に屈服してしまっている様だが、国際社会がこれに異を唱える事は当然あって良い。(これをやらないと、世界各国で経済的な不安定が増し、これが政治的混乱へとつながりかねない。ギリシャ危機も、元はと言えば、ゴールドマンサックスなどが仕掛けた過大投資に乗せられた側面が少なからずある事を知るべきだ。)
次に、法人格を持った巨大な多国籍企業が、自社の利益を守る為に外国政府に対して制度の撤廃を求める訴訟を起こした場合は、各国が自国民の利益(例えば医療保険制度や薬品の認可制度)を守る為に、これを断念させる事が出来る様に、あらかじめ十分な対策を取っておくべきだ。(勿論、日本の場合は行きすぎた規制も多いから、オープンな立場から是々非々で検討し、受けるべきものは受け、退けるものは退けるべきだ。)
そして、最後に、多国籍企業に対する法人税のあり方だ。タックスヘイブンを規制する動きは既に出てきているが、これだけにとどまらず、「企業誘致に焦るあまりに各国が減税競争をする」事がない様にする施策も考えられるべきだ。そうしないと、多国籍企業が「僅かしか税金を払わない」事によって利益を更に膨らませる一方で、各国は「より逆累進性の高い消費税」に更に頼らざるを得なくなり、「多国籍企業による各国の社会システムへの挑戦(実質的な収奪)」が更に拡大していく事になりかねないからだ。
アメリカ流の資本主義が無反省に爛熟し、これが世界規模で格差を拡大して、社会不安やテロの温床を生みだしつつある現在、これに対抗する流れとして、過去における「国際共産主義運動」とは全く異なった「新しい形の国際的な左派連合」が形成されても良い。こういった「反営利主義」の国際的な連携活動が生まれれば、大規模な武器輸出競争を抑制したり、武器商人の暗躍を抑え込んだりする様な活動も、近い将来に或いは可能になるかもしれない。
松本 徹三