小島正美
毎日新聞社生活報道部編集委員
(GEPR編集部より)アゴラ研究所は2月29日に遺伝子組み換え作物をめぐるシンポジウムを開催します。(案内・申し込みはこちら)パネリストの小島正美さんに寄稿をいただきました。誤解発生の疑問を整理した、興味深い記事です。
以下本文
遺伝子組み換え(GM)作物に関する誤解は、なぜ、いつまでたっても、なくならないのか。1996年に米国で初めて栽培されて以来、「農薬の使用量の削減」などたくさんのメリットがすでに科学的な証拠としてそろっている。なのに、悪いイメージが依然として根強い背景には何か理由があるはずだ。
その疑問に私なりの解明を試みた。題して「GM作物の七不思議」。
(その1)何かを市民に正しく伝えるためには、メディアにいる記者(新聞、テレビ、雑誌、ネットなど)が真実または正確な科学的知識を知っている必要がある。これは考えてみれば、あたり前の話である。記者が間違った情報を信じていれば、正しい情報またはニュースが読者(視聴者)に伝えられるはずはない。
この物差しでGM作物に関するニュースを判定した場合、明らかに日本のメディアの記者たちはGM作物に関する知識に乏しい。いや相当に無知と言ってよいだろう。ある民放テレビのディレクターと話をしたときにびっくりしたのは、GM作物が日本に輸入されていることすら知らなかったことだ。
おそらく日本国内でGM作物の現場を見たことのある記者は20人以下であろう。記者が無知であれば、GM作物のありもしない話を紹介したトンデモ映画やトンデモ情報を見たら、それを批判的に見る目がないだけに、いとも簡単にだまされてしまうだろう。
たとえば、GM作物に関するトンデモ映画を見た地方紙の論説委員がかつて「組み換え作物の遺伝子が人の体に入ると、そのたんぱく質は蓄積されて孫の代まで影響する」と大まじめに書いていたことがあった。それを見つけた私は「なぜ、蓄積すると考えるのか」と尋ねたら、その論説委員は「映画監督がそう言ったから、そのまま書いただけだ。あなた(私のこと)と科学的な論争をするつもりはない」と答えた。
論説委員クラスでさえ、このありさまなので、トンデモ映画にひっかかる記者はこれからも出てくるだろう。これが、リスク情報を的確に伝えるべき任務をもつ記者たちの現状である。
(その2)GM作物は、その作物には本来なかった新しい遺伝子を挿入する技術であり、全く異なった新奇な作物をつくり出す技術ではない。車で言えば、ちょっとしたモデルチェンジだ。それがなかなか伝わらない。
その意味で「組み換え」という呼び名はふさわしい言い方ではない。すでに成長ホルモンや抗がん剤など医薬品の多くはGM技術で生産され、医療の現場で使用されている。不思議にも、こちらのGM医薬品には反対の声はない。
ノーベル賞をもらった山中伸弥京都大教授のiPS細胞も、GM技術活用細胞だが、こちらも反対はない。本当に危険な技術なら、GM医薬品に反対の矛先が向かってもよさそうだが、それはない。GM医薬品を生産するのは巨大企業ばかりだ。なぜ、GM作物だけが反対されるのか。本当に不思議である。
(その3)GM作物に反対する九州のグリーンコープが今年、「組み換えでない飼料に、誤って組み換え作物が平均で3.9%混じった」と発表した。混じってもよいとされる日本の許容混入率は5%以下(つまり5%以下なら、組み換え原料が混じっていても、組み換えでないと表示できる)なので、同生協は法令違反はないと判断し、そのまま流通させ、回収はしなかった。
これは何を意味するか。最初のサンプル検査では約30%も混じっていたというから、その程度の混入があっても、大丈夫ということだ。同生協に聞いてみたら、通常でも1%くらいは組み換え原料が混じっているという。GM作物がもし本当に有害なものなら1%も混じっていてよいはずはない。
農薬や動物医薬品などの残留基準値は、PPM(100万分の1)の単位である。これに対し、GM作物の許容値は、100分の1のパーセントである。これは、いかにGM作物が安全かを物語るものだと私は思う。
(その4)日本では大豆やコーンなどのGM作物(もちろん国の承認を得たもの)の栽培は認められている。だれでも自由にGM作物を栽培できる権利を認められているし、売る自由もある。しかし、いまだに、だれ1人として商業目的で栽培していない。
消費者団体はよく「消費者には選択の権利がある」と主張する。だが、いざ農業生産者が「GM作物が本当に有用なのか試してみたい」と選択の権利を願い出ても、その農業生産者に対し、「あなたの権利も認めましょう」といって協力する例を見たことがない。せめて、協力しないまでも、そのまま見守ってくれればよいのだが、それすら実現しない。
農業生産者が自分の小さな畑にGM作物を栽培したからといって、消費者には何の迷惑、不利益も生じない。選択のない社会に未来はない。選択の未来を摘み取っているのは、いったいだれなのか。
(その5)GM作物をサポートしてもよいはずの農林水産省が一枚岩でないことも、七不思議のひとつである。その背景には民主党の政権交代があった。民主党になってから、GM作物の研究開発やリスクコミュニケーション活動への予算が大幅に削られた。
農水のGM作物に関するホームページまで書き換えられ、この振興に再起不能に近い打撃を与えた。一時期、家畜の飼料向けにGM作物を栽培しようとする計画をたてた元気な課長もいたが、民主党の大臣に冷たくあしらわれ、撃沈した。
その影響は、自民党に政権が移っても、もとにもどることはなかった。もはやGM作物を日本国内で栽培しようという積極的な動きは、国にはないに等しいと感じている。もともと農水省の中にはGM作物に否定的な官僚も一定程度いただけに、国の姿勢がこれでは農業生産者の選択の権利の実現はいつになるやら、絶望感さえ漂う。
(その6)ハワイで生産され、流通しているGMパパイヤは、学者が開発したもので巨大企業ではない。農民を救った救世主、それがGMパパイヤだ。ハワイで流通する約8割のパパイヤはGMなので、観光客は食べているはずだ。もちろん安全性は確認され、日本への輸入・販売は認められているが、どういうわけか日本の店には売っていない。だれも扱わないからだ。
なぜ、扱わないのか。反対運動が起きたら面倒なことになるという恐怖心が一番大きな理由だと私は見ている。反対運動への恐怖はかくも事業者の脳にインプットされている。仮にある店でGMパパイヤが販売されたとしても、イヤな人は買わなければよいだけのことで、それこそ選択の自由が実現した理想の状態のはずなのに、そんなごく当たり前のことすらが実現していない。目に見えない恐怖とは、放射能ではなく、このことか!
(その7)GM作物を研究開発する企業は世界にたくさんあるのに、なぜか、いつも米国のモンサント社だけが攻撃の的になる。スイスのシンジェンタ、ドイツのBASF、バイエル・クロップサイエンスもりっぱなGM作物の巨大企業だが、こちらはあまり批判の対象にならない。これは、もしかしたらモンサント社を批判する形でGM作物を俎上に乗せているだけのことかもしれない。
あなたも七不思議への対処法をぜひ、考えてほしい。
小島正美(こじま・まさみ)毎日新聞社生活報道部編集委員。1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学英米研究学科卒。1974年毎日新聞社入社。長野支局、松本支局を経て、1987年東京本社・生活家庭部に配属。千葉支局次長の後、1997年から生活家庭部編集委員として主に環境や健康、食の問題を担当。東京理科大学非常勤講師のほか、農水省や内閣府の審議会委員も務める。「食生活ジャーナリストの会」代表。 著書に、『リスク眼力』(北斗出版)、『アルツハイマー病の誤解』(リヨン社)、『誤解だらけの遺伝仕組み換え作物』(編著)『誤解だらけの「危ない話」』、『正しいリスクの伝え方』(エネルギーフォーラム)など。