厚切りジェイソンが見落とす"寿司修行"唯一の合理性

渡辺 龍太

先日、ビートたけしのテレビタックルという番組に、厚切りジェイソンさんという、ナベプロで芸人をやっているというアメリカ人の方が出演しました。

厚切りジェイソンさんは、IT企業の役員でありながら芸人という二足のわらじを履いていて、日本人にはない視点で、日本人を分析していたりするユニークな方です。


そんな厚切りジェイソンさんは、日本の寿司屋の徒弟制度について思う事があるそうです。なので、テレビタックルで、司会のビートたけしさんと、次のようなバトルを展開した事がネットで話題になっていました。

ビートたけしが「師匠について河岸に行くのも勉強」と、一人前のすし職人となるためにはすしを握る以外にも必要なことが多々あり、それを学ぶためには長い時間を要する、と徒弟制度を肯定すると、厚切りジェイソンは「それは自分の力で、スキルさえ磨いておけば後々自分だけでそういう立場(職人)になるでしょう」と反論した。

厚切りジェイソンの意見に、今度はたけしが「河岸に毎日顔出さなきゃ魚の善しあしもわからないじゃん」と反論。しかし厚切りジェイソンは「調べればいいでしょ。インターネットに書いてあるでしょう」と食い下がった。

たけしは「それは魚の種類が分かるだけで、中切ったら脂がのってるかのってないか、それを分かるか分からないかは全然違う」と指摘した。

引用元:日刊スポーツ

私自身、最近テレビ業界のIT化を見越してプログラミング(ブログ:プログラミングを10日学んだだけで世界が変わった)を始めたこともあって、IT企業役員の厚切りジェイソンさんの効率を求める意見はよくわかります。それと、私自身テレビ業界のAD修行に非効率さを感じ、すぐに一人で動き出しているので基本的には厚切りジェイソンさん側の人間です。

ですが、寿司屋での修行において、1つだけ合理的な事がある事を厚切りジェイソンさんは見落としている気がしました。それは、科学的な観点においても、寿司屋で修行した人が開いた店の方が、かなりの確率で「おいしい寿司屋」になれるという事です。

私は放送作家のかたわら、副業でバーを開いた事があります。その時にマーケティング本を読みあさっていたら、人間の味覚は「期待」によって変化するというコーネル大学の研究が多くの本で紹介されていました。人間は「おいしいに違い無い」と期待して食べた食べ物に対して、その自分の期待に対する微妙な味を追求して「実際においしい」と感じるそうです。

例えば、同じカレーを「ビーフカレーです。」とだけ言われて食べる場合と、「帝国ホテルで修行したシェフが、丹精込めて3日煮込んだカレーです。」と言われてから食べるのでは、個人差はあるでしょうが、同じカレーでも後者を美味しいと感じる人が多いそうです。究極に美味しい食べ物を作りたかったら、目の前にある料理だけでなく背後のストーリーが大切なのです。

そして、世の中には「一流店で修行した職人の作る寿司」に対して、「美味しいに違いない」と期待する人が大勢いるわけです。おそらく、ビートたけしさんの様な、長年の修行の肯定派は、修行した職人の作る寿司以外は「美味しいに違いない」と期待しないと思います。それどころか、みっちり修行していない職人の寿司に対して、「美味しくないに違いない」という負の期待をしているかもしれません。

そんな、たけしさんの様な人たちに、一流店で修行してきたというストーリーを上回る、味に対する期待させる何かを用意するのは至難の技だと思います。また、厚切りジェイソンさんの様に、自分の味覚だけを頼りに味を判断してくれるお客さんのみをターゲットに商売していくつもりでも、そうじゃない負の期待を持った人が店に来たら「やっぱり美味しくないね」とネットに書かれてしまうかもしれません。

要するに、修行神話を信じるお客さんにとっての「究極においしい寿司」が握れるようになるには、実際に寿司を握りながら美味しい寿司を独自に試行錯誤していくより、若い頃は何年も頭を使って寿司を握らなくとも、有名店で肉体的奉仕をしていれば良いのです。

確かに、寿司職人の修行は肉体労働で大変で、年単位の時間が必要です。ですが、大変だとはいえ、肉体労働は誰でもできる仕事で、別にアルバイトでも出来てしまう簡単な仕事です。そして、生活に困らない様なお金はもらえるわけです。一方、自分で寿司の勉強をするために、専門学校に通ったり、独自に魚を買って握ったりするにはエネルギーもお金も必要です。

そうなると、金銭的にも全くリスクを負わずに、何年かの時間さえ投資すれば「究極の寿司が握れれる様になる」というシステムは、見方によっては職人側にとっても合理的でもあるように思えます。もちろん、私はITや製造業の様な業界では、どんな事があっても厚切りジェイソンさんの論が正しいと思います。でも、飲食店のように、お客さんが合理的な判断よりも、感覚的な要素を大切にする業界であれば、また事情が変わるのではないかと思いました。

渡辺龍太:放送作家・ブロガー
NHKのニュース、金融番組、ワードショーなど、主に情報番組の構成をやっている。著書は「朝日新聞もう一つの読み方」など。現在、放送業界のIT化を見越して、プログラミング習得中!(プログラミングを10日学んだだけで世界が変わった

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