なぜドイツでテロが生じないか

長谷川 良

ベルギーの首都ブリュッセルで22日、ザベンテム国際空港と欧州連合(EU)本部に近い地下鉄マルベーク駅内で爆発があり、空港と地下鉄で計31人が死亡、約270人が負傷した。ベルギーのミシェル首相は「テロ攻撃だ」と述べ、空港内の爆発は自爆テロだったことを明らかにした。なお、イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」(IS)は同日午後、犯行声明を発表した。

ベルギーでは18日、昨年11月のパリ同時テロ事件(130人死亡)の主要テロリスト、サラ・アブデスラム容疑者(26)がブリュッセル郊外のモレンベーク地区で拘束されたばかりだ。22日の「ブリュッセル同時テロ」はISの報復テロという情報も流れている。

ドイツのニュース専門放送でブリュッセルのテロ事件を追っていると、「なぜドイツではパリやブリュッセルで起きるテロ事件が起きないのか」という質問に対し、テロ問題専門家は、「ドイツでは1960年、70年代、トルコから多数の移民が殺到したが、彼らはドイツ社会へ統合していった。フランスやベルギーでは北アフリカ・中東からアラブ系移民が流入したが、彼らは欧州社会に統合せずにゲットーを築いていった」という。

フランスの場合、北アフリカ・中東諸国の植民地化時代、多数のアルジェリア人がフランスに移住してきた。フランスには500万人以上の中東出身のアラブ系住民がいる。文字通り、欧州最大のイスラム系コミュニティだ。

サラ・アブデスラム容疑者が潜伏していたブリュッセル郊外のモレンベーク地区はイスラム系住民が多数を占めるエリアだ。ISは「パリ同時テロ」事件でもブリュッセルを拠点に暗躍してきた。ベルギーでは若者の失業率は高く、イスラム系移民の若者たちが職業を見つけるのが難しく、自身のアイデンテイティで悩むケースも少なくない。

ベルギーでは約500人のイスラム過激派がシリア、イラクのISのジハードに参戦している。人口比(約1100万人)で欧州最高だ。テロ問題専門家によれば、ベルギーはイスラム過激派の欧州拠点という。その理由について、①ベルギーが地理的にドイツ、フランス、オランダ、ルクセンブルクなどへ高速道路を利用すれば車で1時間から2時間で到達できる事、②ベルギーでは武器購入が他国より容易、③ベルギーの国体が複雑で、効率性に欠け、警察当局の権限も不明確(例えば、首都ブリュッセルでは警察管轄エリアが6つに分かれ、情報担当機関も多数存在)などが挙げられている。イスラム過激派テロ組織にとって、ベルギーは居心地がいい国というわけだ。

ちなみに、ドイツの場合、テロの危険度は変わらないが、先述したように、トルコ系移民の多いドイツ社会と、北アフリカ・中東のアラブ系移民が多いフランス、ベルギーでは移民の社会統合度で明らかに違う。その上、ドイツは戦後、不足する労働力確保の為に積極的にトルコ人労働者を受け入れてきた経緯がある。

特筆すべき点は、ドイツは米国国家安全保障局(NSA)との情報交換の恩恵を受け、これまで、テロを事前に防止してきた経緯があることだ。独週刊誌シュピーゲル誌(2013年6月17日号)は、「イスラム過激派が2006年、ドイツ国内で大規模なテロを計画していたが、NSAから関連情報を事前に入手した独連邦情報局(BND)はテロ容疑者を拘束し、テロを未然に防止したことがある」と紹介し、NSAとBNDの両国情報機関の連携ぶりを報じている。

いずれにしても、「ブリュッセル同時テロ」を通じてISは組織的、計画的にテロを実施できる過激派組織であることを改めて実証した。ISは今後もソフト・ターゲットのテロを繰り返し、欧州の国民を恐怖に陥れることを狙ってくるだろう。欧州諸国は、化学兵器対策、原発関連施設へのテロ対策を真剣に取り組んでいかなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年3月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。