第九条はマッカーサーか幣原かどちらの提案?

2016年05月03日 06:01

最近、護憲派と言われる人たちが、憲法第九条は幣原首相の提案であってGHQの押しつけではないというキャンペーンをしている。

はっきりいって、マッカーサーか幣原首相かどちらが言い出したかは藪の中で分からないが、そんなことはどうでもいいのでないか。その二人がそれでいいと秘密合意したわけである。

戦前のパリ不戦条約の立役者の一人だった幣原の考え方には合っていたし、マッカーサーはアメリカによる覇権は絶対的なものなので誰も日本を攻撃しないと考えたというだけだ。そして、吉田茂は軍部の復活を恐れていたから、この大胆な提案に反対しなかった。 

また、幣原首相の提案だったとしても、それは、元首たある昭和天皇や閣僚の了解を得たわけでなく、マッカーサーに対する個人的な提案に過ぎず、日本政府としてのものではないし、あくまでも、GHQの意向として日本政府に押しつけられたことに変わりはない。 

そして、大事なことは、第九条が提案された前提は崩れていると言うことだ。マッカーサーが考えたアメリカだけが核を持って世界の憲兵としてふるまえるというのはソ連の核開発で根本的に崩れた。マッカーサーは沖縄のアメリカ軍による永久保持を前提としていたのだが日本に返還されている。さらに、中国は共産化され軍事大国になっている。

さらに、根本的な問題として、第九条の哲学は、世界が第九条に寄り添ってくるだろうということだったはずだ。しかし、200もの国が出来てもただひとつの国も追随しない。とすれば、日本もゆるやかに普通の国にならないと平和は保てるはずがない。 

ただし、私は護憲派であって第九条も第三項の追加は良いが、第二項も含めて改正すべきでないと思っている。それは、理想の旗を降ろすことには諦めが早すぎると思うからだ、世界がその理想に近づく日が来ることを念願し続けつつ、ゆるやかなスピードで普通の国に近づいていくというのが良識に合っているのではないかと思う。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学大学院教授

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