レスターはサッカー界を変えた!

長谷川 良

イングランドのサッカーのプレミアリーグで2日、昨季2部降格の危機にあったレスター・シティーFCがチーム創設133年にして初めてプレミアリーグの覇者となった。リーグがスタートした直後、レスターがチェルシーFC、マンチェスター・ユナイテッドFCなど強豪がひしめく世界最高リーグで勝利すると考えたサッカー・ファンはいなかった。同チームの優勝を予想した人がいたとすれば、サッカーを全く知らない人間だけだったろう。そのチームがリーグの最終節を迎える前に優勝を決めてしまったのだ。

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▲レスター・シティFCのラニエリ監督(ウィキぺディアから)

ブックメーカーによると、レスターがプレミアリーグで優勝する確率(5000対1)は、英国の野党、労働党党首のジェレミー・コービン氏(Jeremy Corbyn)が次期ジェームス・ボンドに抜擢される確率(1000対1)より限りなく低かった。過去20年間でプレミアリーグで優勝したチームは強豪4チームに独占されてきたうえ、2部から這い上がったばかりのチームがプレミアリーグの覇者になることなどはこれまでは考えられなかったのだ。

レスターにはスーパースターと言われる選手はいないばかりか、クラウディオ・ラニエリ監督(64)もレスターの監督を引き受ける前まではクラブからクラブへと過去計15クラブを転々と移動し、レスターに拾われる直前はギリシャのナショナルチーム監督だったが、成績が悪いために解雇された。ラニエリ監督は、来季からマンチャスターシテイに移るバイエル・ミュンヘンのグアルディオラ監督や優勝請負人と呼ばれているジョゼ・モウリーニョ監督のような、いわゆるスター監督ではないのだ。

豊かな資金、スター選手と名監督の組み合わせが従来の優勝チームの必須要因と受け取られてきたが、レスターの場合、全く異なっているのだ。むしろ正反対というべきかもしれない。

所属していたチームから契約切れを言い渡された選手、暴れん坊、若い時は期待されたが、期待を裏切った選手などが集まり、それをギリシャ国民から「カタストロフィーな監督」と罵倒されて解雇されたラニエリ監督が指揮を執ったのだ。その上、選手たちの年齢はプレミアリーグのチームの中でも高齢選手が多い。そのチームが世界最高レベルのプレミアリーグの覇者となったわけだ。

参考までに主要選手のプロフィールを紹介する(岡崎慎司選手は良く知られているからここでは省く)。

①DF・ダニー・シンプソン(29)
マンチェスター・ユナイテットの2部でプレーしていたが、一部に這い上がれず、伸び悩んでいた。そのため、ベルギーのAntwerpeなどで送られ、プレイしていた。イギリス出身。

②MF・ダニー・ドリンクウオーター(26)
シンプソンと同様、マンチェスター・ユナイテットに所属していたが、起用されることなく、他のチームとの貸し出契約されていた。イギリス出身。

③DF・クリスティアン・フックス(30)
ドイツのシャルケ04で4年間プレイしたが、希望していた契約が延長されなかった。そこで自由契約選手としてレスターに移った。オーストリア出身。

④MF・マーク・オルブライトン(26)
Aston Villaで16年間プレイしたが、2014年、契約切れを言い渡された。そのためレスターに移った。イギリス出身。

⑤CB・ロベルト・フート(31)
タレントのある選手として若い時から期待されていた。2001年、英国のチェルシーに入ったが、プレイする機会が与えられず、失望していた。ドイツ出身。

⑥GK・カスパー・シュマイケル(29)
所属していたマンチェスターシテイから必要ない選手と告げられた。そこで2010年4部リーグのNotts Countryでプレイしていた。2012年にレスターに移る。デンマーク出身。

⑦DF・ウェズ・モーガン(32)
30歳になるまでプレミアリーグでプレイをしたことがなく、2部と3部リーグでプレイしていた。ジャマイカ出身

⑧FW・ジェイミー・ヴァーディ(29)
4年半前、アマチュア選手だった。工場に勤務。パブで喧嘩して拘束。犯罪者監視GPSを義務付けられたことがある。クラブ関係者の話では酒を飲んで練習に来たという。当時の彼の給料は週30ポンドだった。ヴァーディは現在イングランド代表選手だ。

⑨MF・リヤド・マフレズ(25)
7部リーグでプレイしていた時、プレイが上達しないので泣き出した。その姿を見たクラブ会長がもう一度チャンスを与えたというエピソードがある。その選手が英国の今年の「PFA年間最優秀選手賞」に選出された。

選手のプロフィールや監督のキャリアをみる限り、レスターが優勝できるチームとは考えられない。過去に失望し、所属していたチームから追われ、自暴自棄となった暴れん坊や酒飲み選手がレスターでプレイし、生き返ったのだ。

英誌エコノミストは昨年12月、レスター躍進の背景を分析する記事を掲載している。それによると、①試合作りは出来ないが、相手の失敗を逃さずに反撃するのが上手い。②安い資金で選手を買い取った(スカウトの成果)、③優勝常連のマンチャスターユナイテッドやチェルシーなど強豪チームは再建の途上で、その本来の力を発揮できなかった、④シーズン中、怪我をして前線から撤退する選手は少なく、開幕戦からつっぱしることができた、などだ。サッカーファンも「もうすぐ負けるだろう」と考えていたが、チームは勝ち続け、ついに優勝してしまった。

スター選手も名監督もいない。資金も他チームのように豊かではないレスターがプレミアリーグで優勝したということは、プレミアリーグだけではなく、欧州のサッカー界に大きな衝撃を投じている。ロシアの金持ちがその資金力でスター選手をスカウトしてインスタントの強豪チームを作るケースが多く見られるだけに、レスターの優勝は新鮮な驚きと感動を世界のサッカーファンに与えている。

なお、ハリウッドはレスターのイングランド代表となったFWヴァーディの映画化を考えているという。暴れん坊でアマチュア選手だったヴァ―ディがレスター優勝の原動力となった。そのヴァーディの活躍には米国人が喜ぶ人間ドラマが一杯含まれているからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年5月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。