「トランプに『梅干し』を食べさせる方法」

渡瀬 裕哉

トランプタコス
Twitterでタコスを食べながらヒスパニック大好きとコメントしたトランプ氏

「トランプ発言」から「外交的な意図を読み解く」不毛な作業をやめましょう

ドナルド・トランプ氏の発言は何かと物議を醸してきていますが、筆者は一貫して「トランプ氏の発言は選挙用」であり、その都度反応することの意味が無いことだと言及してきました。(下記は拙稿の一部)

何故、反イスラム発言でもトランプの支持率は落ちないのか(2015年12月11日)
「トランプはヒラリー・クリントンに勝つ!」5つの理由(2016年5月5日)

トランプ氏が予備選挙勝利のプロセスで他陣営の参謀をM&Aしながら中道寄りに発言を修正していく、ということも予測通りのことです。

共和党予備選挙という「限定された有権者の枠で争う選挙」では、リベラル寄りとみなされるトランプ氏が過激な発言を繰り返すことで保守派の一部から強固な支持を集めてきただけに過ぎません。そのプロセスの中で、ヒスパニックを中心とした不法移民、イスラム教徒、その他諸々色々な人々が彼の攻撃の対象となってきました。

トランプは滅多に「投票権を持つ有権者を傷つける発言」を行うことはありません。上記の批判の対象になった人々も「共和党予備選挙では絶対に投票しない人々」であることがポイントです。つまり、彼の発言は「その時に必要な有権者から支持を集めるためのもの」だと理解するべきです。

そのため、上記の記事でも書いたようにトランプ氏の発言は「大統領選挙本選用」に急速に中道旋回し始めている状況です。

トランプ氏、富裕層への増税を主張 「私は中間層寄り」(5月9日)

トランプ氏の「タコス&ヒスパニック大好き」というTwitter投稿のように、ヒスパニックについても「予備選では必要ない有権者」でしたが、彼らは大統領選挙本選において「フロリダ」「ニューメキシコ」「コロラド」「ネバダ」などの重要州での選挙に勝つために必要です。そこで、予備選挙も終わったのでヒスパニックに対して融和的なメッセージを出すことに切り替えたということでしょう。トランプ氏の同Twitter投稿は「10万いいね」がついているので炎上しながらもイメチェン中なのでしょうか?うーむ(笑)

以上のような視点に立てば、トランプ氏の外交面での発言も「大統領選挙に勝つための発言」としての文脈から読み解くことが重要であることが分かります。なぜなら、現在、彼は現役の大統領ではなく「選挙を戦う大統領候補者」だからです。

選挙を知らない米国通とされる有識者の皆さんにはトランプ氏を解説することは不可能であり、世の中にはどうでも良いトランプ外交論が溢れかえっている状況です。

なぜ、トランプは同盟国を軽視してロシアを重視する発言を行っているのか

トランプ氏は報道されている通り、同盟国の日本に対する駐留米軍などの大幅な負担増・関税の引き上げに言及する一方、ロシアなどの潜在的なライバル国に対して対話重視の姿勢を示しています。

これらの一連の発言はトランプ氏がタフネゴシエーターであることを国民に印象付けるためのものです。したがって、これらの発言にイチイチ右往左往する米国関連の有識者・ジャーナリスト・メディアのコメントを相手にする必要がありません。むしろ、それらの発言について外交的な意味合いで真面目に言及する人々は「米国政治」を分かっていない人々だと思います。

米国の大統領選挙に対して影響を与える国際政治のプレーヤーは「ロシア」です。ロシアの東欧や中東における一挙手一投足は米国の外交政策の成否に直結するものです。オバマ大統領はロシアのプーチン大統領に対して常に後手に回らされており、米国の威信は大いに傷つけられることになりました。

そして、大統領選挙直前に外交的アクションを起こして選挙へのインパクトを与えられる存在もロシアだけです。「ロシアが更なる軍事的威嚇を行うこと」または「ロシアがトランプと対話の準備があると発言する」だけでオバマ外交=民主党の外交は失敗だと言えます。トランプ氏にとって現在のロシアに対するスタンスは選挙上の得点はあっても失点が生じることはありません。

一方、日本を始めとする同盟国は「米国の軍事力を必要」としており、何を言われても「文句を言う程度」で大統領選挙に影響を与えるインパクトを与える行動を行うことはできません。したがって、トランプ氏にとっては日本や韓国のような同盟国は「ボコボコに叩いても良い対象」となり、現在のように言いたい放題の状況を許すことになってしまうのです。

当然ですが、日本人には「米国大統領選挙の投票権」はありませんし、在米日系人もまとまった投票行動が苦手(しかも民主党寄り)であるため、トランプ氏にとっては日本を叩いても選挙上のプラスはあってもマイナスはありません。したがって、誰もが印象として知っている「日本の輸出=自動車」批判というステレオタイプで話題作りをしています。(トランプ氏は馬鹿ではないので日本車の多くが現地生産であることくらい当然理解しているでしょう。本当に馬鹿なら共和党の予備選挙で勝利することはありません。)

トランプ氏が同盟国に対する日本への厳しい発言を続ける理由はそんなところでしょう。そのため、本来はトランプ氏の外交的な発言を分析対象として取り上げることが不毛だと思います。

なぜ、トランプ氏は「一度認めた日本の核容認」を撤回したのか

上記で概観した通り、トランプ氏の発言は全て大統領選挙に勝つためのものであり、外交に関する発言もその例外ではありません。むしろ、外交的発言だけを特例扱いする根拠は全くないものと思います。

トランプ氏は徹底した合理主義者であり、日本に対して「良好な発言を引き出そう」と思うならば、「日本が大統領選挙にインパクトを与える発言」をするしかないわけです。

筆者は日本外交のヒントになる2つの出来事があったことを指摘しておきます。1つ目は「タコス&ヒスパニック大好き」発言、2つ目は「日本の核武装を肯定した発言を修正したこと」です。

トランプ氏、日韓の核保有容認の可能性示唆 NATO批判強める(2016年3月28日)
トランプ氏“日本の核保有容認はうそだ”(2016年4月12日)

タコス&ヒスパニック大好き発言は大統領選挙本選に向けたトランプ氏のヒスパニックに対する対応変更から生まれたものです。では、なぜトランプ氏が「日本の核武装容認から否定へ」と意見が変わったのでしょう。

トランプ氏はニューヨークタイムズやワシントンポストが「嘘をついた」と述べましたが、発言修正の真意は違うのではないかと思います。真の理由は「日本側の核保有に対する反応が思ったよりも大きかった」と理解するべきです。

同発言を受けて日本が本気で核武装を行う方向に流れた場合、民主党の選挙戦略上でトランプ氏は「外交的に決定的な失敗を犯した」というレッテルを貼られることになるでしょう。そのため、同発言が外交問題に発展する可能性を未然に塞いだものと推測します。

そして、日本側からの反応(賛否も含めて)が大きかった同発言の火消しを図ったトランプ氏の姿にこそ「対トランプ」の有効な手段の手がかりを見出すことができるのです。

情けない日本の外交に「トランプに『梅干し』を食べさせる方法」を提案します

日本の政治家からは外交通とされる石破氏のように「日米安保条約」や「NPTの意義」の再確認を求めたるという何とも腰が砕けた意見しか出てきません。

上記の「核武装論の一瞬の盛り上がり」が一段落してしまったあと、トランプ氏にとって再び「殴りたい放題の日本」という位置づけにすっかり逆戻りしてしまいました。日本の政治家はトランプ氏に苦言を述べるなら「大統領選挙に影響を与える発言」でなければ何の意味もないことを理解していないと言えるでしょう。

筆者は日本の政治家の才覚では「トランプに梅干しを食べさせることすら」できないと思います。

日本の政治家がトランプの発言に対して本気で影響を与えるためには「日本は米国が安保条約の義務を果たさないなら、中国も含めた安全保障環境の見直しを行う可能性がある」と発言するくらいの大胆さが必要です。

民進党もせっかく日本共産党と選挙協力しているのだから、有力議員が訪米した際に「日本共産党とは連立を組みません」というポチぶりを発揮せず、「日本共産党の政権入りもあり得る」と本当のことを述べて米国側をビビらせたら良いのです。

それらが無理なら、上述の核武装論について議論を盛り上げていくだけでもトランプ氏の発言を修正していくことができるでしょう。

これらのアイディアは非現実&望ましいことではありませんが、日本の政治家から発言が実際に行われた場合は「トランプ外交の失敗」として「大統領選挙に影響を与えるインパクト」をもたらすことになります。

その結果として、日本との関係修復が選挙戦略上の必須事項になり、「トランプ氏は梅干しを食べながら日本大好きだ!」と発言してくれることが期待されるでしょう。

トランプ氏が日本を好き放題に叩きまくれる理由は「日本の政治家が舐められている」からであり、散々罵られても「日米安保条約を読んでください」という程度のポチのような発言しかできないことに原因があります。トランプ氏の発言は「日本の政治家が主体的な外交を行ってこなかった」ことの証左です。

つまり、「どうせ何を言っても、日本は米国にしっぽを振ってついてくるんだろ」と思われているのです。

「トランプ氏に梅干しを食べさせる」ためには「大統領選挙に影響が持てる国になる」ことが必要です。言いたい放題のトランプ氏を止めるためには、日本側もそれなりの実力を持って対応していくことが重要です。

スーパーパワー ―Gゼロ時代のアメリカの選択
イアン・ブレマー
日本経済新聞出版社
2015-12-19

 

 

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などは[email protected]までお願いします。

渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)
早稲田大学公共政策研究所地域主権研究センター招聘研究員
東京茶会(Tokyo Tea Party)事務局長、一般社団法人Japan Conservative Union 理事
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