「夢の新薬」が国を滅ぼすか?高額薬剤とどう向き合うか

2016年05月12日 21:02

今まで治せなかった病気が、治せたり悪化を食い止められたりする夢のような新薬が世に出てきたら、患者やその家族の喜びはひとしおだろう。

ただ、その新薬を使うと、患者1人で年間3500万円も請求されたとしたら・・・

いま、まさにそんな「夢の新薬」が注目を集めている。それは、がん治療薬「オプジーボ」(一般名:ニボルマブ)。オプジーボは、日本で開発された画期的な免疫療法薬で、悪性黒色腫のほか肺などのがんへの適応拡大も期待されている。ただし、1人の患者がオプジーボを使うと、年に3500万円かかるとされる(体重60キロの患者が1年間26回使用すると想定)。こうした画期的な新薬は以前にもあったが、これほど高額の薬剤費がかかる新薬は類を見ない。

注目された1つのきっかけは、筆者も委員として出席した財政制度等審議会財政制度分科会の4月4日の会合である。この審議会は、財務大臣の諮問機関で財政政策を議論する審議会なのだが、オプジーボが取り沙汰された。というのも、日本赤十字社医療センター化学療法科の国頭英夫部長の講演で、このままだと「破滅」に至ると切実な問題提起をされた。その一部始終は、同審議会4月4日の会合の議事録で見ることができる。

年に3500万円もかかる薬というと、お金持ちにしか使えない薬、と思うかもしれないがそうではない。仮にオプジーボを使っても、実際に求められる患者負担は月8万円程度で済む。なぜなら、わが国には、国民全員が加入する公的保険(国民皆保険)があるのと、医療費の自己負担分が一定額を超えると軽減される高額療養費制度があるお蔭である。実際にかかる薬剤費と患者負担の差額は、国民全体で負担した医療保険料と税金で賄われる。だから、「夢の新薬」は大半の人が使える新薬である。

この高額の新薬が、多くの恩恵をもたらすのはよい。しかし、その代償も大きい。現在、使っている患者は少数だが、日本に肺がん患者は2015年で推定13万人いて、もし患者(少なく見積もって)5万人がオプジーボを1年間使うと、3500万円×5万人=1兆7500億円の薬剤費が今後必要となる。

現在、日本の医療費は約40兆円で、そのうち薬剤費は約10兆円である。この1兆7500億円という金額は、今既に国民全体で使っている薬剤費の20%近くに相当する額である。今後、オプジーボというこの1つの薬だけで、今の薬剤費が1.2倍になるかもしれない。

しかも、今後、同様の高額薬剤が次々と開発され、わが国で国民皆保険の仕組みで供されるようになれば、薬剤費はもっと増えることになる。そして、その薬剤費を支えるために、国民に求める医療保険料と税金の負担はもっと増えることになる。

治せる病気は、最善を尽くして治したい。しかし、その治療費は国民全体で税金と保険料で支え合っている以上、治療費が増えるほど皆で分かち合う税金や保険料の負担は増える。まさに、給付と負担のバランスをどう考えるか。オプジーボという1つの薬が、この難題を提起したのだ。

今のままだと、国民皆保険の仕組みでひと度こうした高額薬剤を用いてよいと認められれば、医師が処方すれば誰でも使うことができる。治癒の見込みがある患者に使うのなら、その使用に疑問はない。他方で、実際には、100歳の患者にもこの高額のオプジーボが使用された例があるという。この薬が効かないなら早期に薬の使用を打ち切り、効果がある患者への投与を必要最小限にとどめることで、国民全体の負担増を避けることができる。

医学的には、この治療の判断には、複数の治療法を比較して費用対効果を分析する考え方がある。治療にかかる費用とその治療を施した後の生存数について複数の治療法の間で科学的に比較して、治療法の優劣を検討するものである。ただ、「費用対効果」がいかに科学的でも、命にかかわる患者やその家族からみれば、「命の値段」を天秤にかけられているように感じられるかもしれない。

高額薬剤の適否について、科学的な方法だけで線引きをするとその基準に国民的合意が得られにくいかもしれない。ましてや、使用できる患者の年齢制限をつけようものなら、なおさらだろう。しかし、何ら基準を設けずに誰でも自由に使ってよいとすると、その高額薬剤の費用の負担は、健常な人も含めた国民全体に及び、保険料の引き上げや増税を追加的に求められることになる。

これまでにも、治療法などについて、医学界でガイドラインを策定して、専門医の間で治療の際に活用されてきた。高額薬剤の適否の基準については、まずは財政の制約から線引きするより、医学的な見地から医学界でガイドラインを策定して、どのような場合に高額薬剤を使用してよいか、基準を作って頂くのが望ましい。

医薬品の開発によって、我々の生活の質(quality of life:QOL)が高まるような医薬品が提供されることは、基本的に望ましい。今後も、医薬品の積極的な開発に期待したい。ただ、高額薬剤の使用と費用負担のあり方が問われている。特に、国民皆保険の仕組みを持つわが国では、「夢の新薬」である高額薬剤が、お金持ちだけのものではなく、多くの人が使えるものであるが故の悩みである。

高額薬剤の費用がかさみ、国の医療費の半分以上も占めることになれば、極端な保険料引上げや増税を迫られるか、保険料や税を負担できる範囲で医療給付を抑制すべくいくつかの治療行為や医薬品は、国民皆保険の対象外とするようなことになりかねない。そうしたことを避けるためにも、高額薬剤の使用と費用負担のあり方を真剣に考えるときが来ている。

土居丈朗 @takero_doi

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土居 丈朗
慶應義塾大学経済学部教授

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