シェア経済とIoT革命で貧富の格差は縮小する

2016年05月21日 06:00

どこの国のオリジナルか忘れましたが、昔こんな世界のジョークを聞いたことがあります。

中東の大富豪の息子がイギリスの大学院に留学する。ある日電話で息子が嘆く。「お父さん、同級生はみんな車で通学しているのに、僕だけ毎日満員電車に乗って通学するのは大変だよ」お父さん「解った、それは大変だな。息子よ、お父さんが何とかするから待っておれ」すると翌月、息子の元に「電車」が届いた。

このジョークは示唆に富んでいます。まず、お金持ちは、「ものを所有すること」で、持たざるものとの差別化をしてカタルシスを得るということ。もし、皆がものを所有してしまったら。「人より良い(大きい、高価、質が高い)ものを所有すること」で我彼を差別化してカタルシスを得るということです。

ところが、そんな個人の所有欲求を煽ることで成立していた資本主義が行き着いた現代で2つの異変が起きています。

まず、昔だったらテレビとかパソコンとかカメラとかラジカセとかいった多くの家電製品を一つ一つ買いそろえることで、お金持ちも庶民も所有欲求を満たしていたのですが、技術革新の末、なんと手のひらの電話にマルッと家電製品が収まってしまったことです。一台のスマホさえあれば、大抵のことは足りてしまう時代を我々は生きているのです。こんなことは、20年前は想像だにできませんでした。

いずれきちっと統計を精査してみたいと思っているのですが、恐らく、先進国の家庭あたりの電化製品・通信機器消費量は減少の一途なのではないでしょうか。昨今までのグローバル経済では、こうした先進国の「購買単価」の減少を、莫大な人口を持つ新興国の興隆という「ボリューム」で生産高の帳尻を整えていた世界の電機産業も、新興国のガラスの天井とグローバル経済の終焉によって、量が頭打ちになって世界全体の販売額は細る一方なのではないでしょうか。

さらに、去年までは、スマホにも「高いスペック」と「低いスペック」があって、富裕層は例えばゴールドのiPhoneを手にすることで他人と差別化していたのが、Appleまで廉価版を売り出した今年、スマホ・ステイタスの崩壊が発生しています。中国勢は格安でAppleと変わらないスマホやタブレットを販売するようになり、つるべ落としにスマホのコモディティ化が進む記念すべき年になるでしょう。考えてみれば、誰もテレビのリモコンに差別化の欲望を持たないのと一緒で、たかだか電話受信機ですから、そこに例えばダイヤモンドをちりばめてみてもあまり馴染まないですよね。で、他の家電を凌駕して売り上げを立てていたスマホの単価もだだ下がり、生産高がまた落ちていくのでしょう。

もうひとつの異変は、熱・動力源系の所有欲求の希薄化です。日本では車が売れなくなってしばらく立ちます。何故売れないかというと、都会では、公共交通機関やタクシーなどの代替品が豊富なので、車を所有する効用よりも、維持したり駐車したりする手間やコストが大きくなって、ステイタスでなくなったからです。今時欧米系の高級外車を乗り回しているとあこがれよりも冷たい視線を浴びてしまうこともあります。自動運転はこうしたコストを減らして購買意欲を高める要因になるかもしれませんが、それよりも公共交通機関もカーシェアリングを含めて自動運転化、コンビニエント化が進むので、やはり購買数は減っていくのではないでしょうか。

じゃあ、冷蔵庫はいるだろうと思っていたら、近所のコンビニエンスストアが冷蔵庫代わりになっています。下手に野菜や肉を「所有」して余らせるより、欲しいときに小分けにして買うという選択の方が効率的という人が続出しています。で、調べてみると、目立って下落ということは無いのですが、やはり販売高は頭打ち傾向にあります。東日本大震災の電力節電、自粛ムードの時にパチンコ屋のネオンと併せてやり玉に上がったのがコンビニエンスストア。当時は無駄遣いの象徴として扱われましたが、発想を変えて、近所の各家庭の冷蔵庫を皆でコンビニに預けて共同所有しているんだと思えば、「冷蔵庫のクラウド化」としてむしろ社会効率は高いのかもしれませんね。

ですので、家庭で残る電気製品は洗濯機と掃除機くらいですね。いやはや、シェア経済というのは、ものスゴい時代です。

このように、昔は個人が持つべきとされていた「もの」の種類がどんどん減っていき、多くが公共財となっていくと、一体何がおきるでしょうか。

一つ言えることは、富裕層がステータスシンボルとしていた、「いろいろ持っている」「高スペック品を持っている」という庶民との差別化によって得るカタルシスが機能しなくなることですね。一方で、どんなに貧しくても、最低限のお金さえあれば、スペックの高いスマホを買って、便利になる公共交通機関を使いこなし、冷蔵庫を捨てて、コンビニでちょっとだけ美味しい肉やデザートを買うなんて生活ができるようになりますね。下手したら、豪邸を10人で、ヨットを50人でシェアすることもできる。スマホのアプリ一つで。「もの」を外部化することで「もの」の所有にかかわる貧富の格差は縮まっていくことになります。これは社会全体にとっては決して悪い話ではないはずです。

すると人間としては、金銭欲・物欲以外の何かの欲求、それは承認欲求だったり自己実現欲求だったりする訳ですが、そちらのほうに関心が向いていくでしょうね。古代ローマ人のような生活です。マルクスも資本主義が行き着く先がこんな姿だとは想像だにしなかったでしょうね。

しかし、日本の皆様にご留意いただきたいのは、このような究極のシェア経済が実現できる国はそう多くないということです。そこには、技術的に信頼できるインフラ基盤(コンビニとか遅れない電車とか)と利他的な風俗・文化(他人をだまさない)の2つが決定的に必要だと言うことです。

私は今韓国に短期滞在してこの文章を書いていますが、韓国のセブンイレブンは日本ほど信頼できません。昨日の夜8時に小腹が空いて出かけたら、弁当が全部売り切れていました。ほとんど夜食なし。店員はスマホ弄ってお客さんを無視だし、狭いし、暗いし、清潔感に欠ける。むしろ、昔のよろず屋の体です。ですので、こういった先進的なモデルを世界の他の国に輸出するのは容易ではないということだけ申し上げておきます。表面上をまねるのは簡単なのですが、このシステムの要諦は人々の心のありようなのです。

Nick Sakai  ブログ ツイッター

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