2020年代後半、日本の財政はこうなる --- 亀井 善太郎

寄稿

安倍総理が2017年に予定されている消費税の引き上げの二年半先送りを表明した。各種報道によれば、執筆している現時点において(5月30日正午)、与党内の調整が続いているという。総理の先送り表明に対して、麻生財務相等は前回の総選挙の公約に反していることを挙げて、先送りするのであれば、衆院を解散して信を問うべきと言っているという。

政局の見方はいろいろあろうが、ここでは、消費税先送りが日本の財政の将来にどのような影響を与えるのか、そこを考えたい。

政府試算の対象でない2020年後半

しばしば、二年半先送りすれば、国際公約である2020年のプライマリーバランス黒字化ができなくなるという懸念が示されるが、それはあくまでも一里塚に到達できるかどうかの視点に過ぎない。本当に財政健全化を考える上では、2020年代後半以降の社会保障費の拡大を見ておかねばならない。いわゆる団塊の世代はすでに年金受給年齢に至っているが、2020年代の後半から医療費や介護費がかかる年代に入ってくる、そうなれば、社会保障負担は現時点とは比べものにならないほど拡大してしまう。

日本の財政を考えるときに持ち出されるのが、内閣府が経済財政諮問会議に提出する「中長期の経済財政に関する試算」[1]だ。この試算、中長期と言いながら2024年(わずか8年後)までの数字しか出していない。医療費や介護費が急拡大を始める2020年代後半を試算の対象としていない。

コトの本質から目を逸らそうというのか、その狙いはわからない。しかし、日本の人口構造の変化が財政に大きな影響を与えることが多くの経済学者から指摘されているにも関わらず、そこから先の試算を提示しない政府の姿勢は問題だ。

こうした問題意識もあって、東京財団では、同様の問題意識を有する経済学者たちと共に、オープンソースによる日本の長期の財政推計モデルを作成し、先般公開した。

2050年までの財政推計モデルを公開

本モデルは、フリーの統計解析プログラムであるRをベースに、誰にもアクセス可能な公開データを用いて、すべての前提条件(ロジックやパラメーター)を公開した2050年までの中長期の財政推計モデルである。基本構造としては、マクロ経済前提および人口推計をベースに、今後50年程度にわたる歳入および歳出を積み上げ式に計算し、基礎的財政収支や政府債務残高等の推移、つまり日本の財政の実態を明らかにしたものである。

本モデルは、オープンソースによるプログラミングなので、研究者や政策担当者はロジック等を追加し、書き換えることもできるし、併せて公表する簡便型のビジュアルインターフェースでは、計量経済やプログラミングに関する専門的な知見がなかったとしても、複数のパラメーターを簡易に動かすことで、さまざまなシミュレーション分析も可能となる[2]

さて、今回の増税先送り判断は2050年までの日本財政にどのような影響を与えるのであろうか。

本モデルを用いて、「2017年の消費増税を予定通り実施した場合の政府債務残高GDP比の2050年までの推移」を試算してみた。経済前提は政府が示す経済再生ケースに沿った楽観シナリオである。

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財政推計モデル

すでに書いたとおり、2020年代に団塊世代が後期高齢者となり医療費が拡大すること、その後には介護費用の増大も想定されることから、2017年に引き上げができたとしても、政府債務残高、つまり日本の借金をGDP比で段々と減らすというコントロールされた状態にもっていくことはほとんど不可能だということがよくわかる。2017年に増税できなかった場合は、これがさらに悪化するということだ。

さらに言えば、この状況で税負担を上げられなければ、二年半後も上げられる保証はない。問題がますます深刻になる中でできる対応の選択肢が少なくなることを意味する。

「破たんのトリガー」は何か?

しばしば、債務残高GDP比がどの水準になれば、破たんするのかという質問をされることがある[3]

これまでの経験からしても破たんのトリガーはGDP比の特定の水準ではない。むしろ、対外的な債務の拡大につながる経常収支との関係もあるかもしれないし、市場の心理の変化もあるかもしれない。大切なことは、政府が借金をコントロールしようと政策を繰り出している、その目途がつくシナリオが書けているかどうかが問われていると考えるべきだろう。

今回の先送り判断には、市場からの信頼を失う懸念がある。政府が財政健全化に後ろ向きであると判断されかねない。市場のマインドは移ろいやすい。何がトリガーになるかわからない。なにより「財政健全化は先送りすればよい」という政治の意識の蔓延は、国民からも市場からも見離されてしまうことで、もっとも恐れるところだ。

たしかに世界経済は厳しいかもしれない、しかし、サミットの宣言が財政出動一色に染まらなかったように、また、欧州各国が主張したように、国の財政規律の維持と構造改革による生産性改善が採るべき処方箋であることは確かだ。

将来の厳しさを直視せよ

本モデルは経済成長率、物価変動率、消費税増税時期(2017年より後の)、その増税幅、歳出削減項目としての医療費の自己負担比率をパラメーターとして自由に設定できるものとしているが、いろいろなシミュレーションをしてみてよくわかるのは経済再生の必要性だ。これがきちんとできなければと年金のマクロスライドが効かず年金財政が悪化してしまう。(それはそれでまた別の社会課題を産む可能性があるが)。そういう意味で、生産性改革は不可欠なのだ。

ただ、現政権のような経済再生だけでは、2020年代からの高齢化本格時代の歳出拡大には耐えられない。経済再生なくして財政再建なしかもしれないが、財政再建は財政再建としてきちんと向き合っていかねばならない。

たしかに今の経済も暮らしも厳しい。しかし、政治家や主権者である我々がいまの時代の厳しさを実感するのと同じように、将来の厳しさも直視しなければならない。財政問題を先送りすることは将来世代の選択肢を狭めることそのものだ。そこを踏まえた道具の一つが本モデルから見えてくる将来の姿だ。

政権のみならず野党もまじめに向き合わない状況では何を言ってももどかしいかぎりだ。しかし、歴史を振り返ったときに、この判断が財政敗戦のトリガーとなるかもしれない。そうした緊張感を持って決断されなければならないのが今回の消費税先送り問題だ。いま、次の世代のへの責任が試されている。


[1] http://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/shisan.html

[2] モデルの詳細は以下のリンクを参照されたい。
https://www.tkfd.or.jp/research/fiscal-estimate/model_b_61

[3] 同じように、財政破たんはどのような形で顕れ、国民にどう影響を与えるのかという質問も多い。財政政策と金融政策が密接になった現在の日本では確たる予見は難しいが、厳しいインフレ、円安等により、生活コストはあがり、資産も海外資本に買われる等、国民の暮らしも国のかたちも壊してしまう「財政敗戦」とも言えるような状態も想定しなければならないかもしれない。

亀井善太郎亀井善太郎 東京財団 研究員兼政策プロデューサー

1971年神奈川県伊勢原市生まれ。1993年慶応義塾大学経済学部卒業。 日本興業銀行(現みずほ銀行)、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、衆議院議員を経て現職。 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授。みずほ総合研究所アドバイザー、特定NPO法人アジア教育友好協会理事。


編集部より;この記事は、アゴラ研究所より亀井氏に依頼して特別に寄稿いただきました。亀井氏に心より感謝いたします。東京財団のウェブサイトはこちらです。