金正恩氏が何度も死亡する理由

長谷川 良

韓国聯合ニュースは17日、金正恩朝鮮労働党第1委員長が「爆弾テロで死亡した」という情報を流した。ソースは海外インターネットメディアのイースト・アジア・トリビューンが前日報じたもの。韓国国防部は「事実ではない」と金委員長死亡説を即否定した。

独裁国家では独裁者の急死、暗殺情報が時たま流れる。独裁者が実際死亡するまで何度か死亡情報が流れるのは通例だ。だから、金正恩氏の爆弾テロ死亡情報はその始まりと冷静に受け止めるべきだろう。それにしても、30代前半の若い独裁者に対し、死亡説が既に流れるということは、同氏が国民や政敵から如何に嫌われているかを端的に示している。金正恩氏はさぞかし憤慨しているだろう。

と、ここまで書いたが、「金正恩氏がその偽情報を聞いて、笑い出した」というシナリオを今回、読者と共に共有したい。実際、金正恩氏は笑い出しているかもしれないのだ。決して強がりではない。「すぐ、この情報提供者を拘束し、射殺しろ」と命令している光景がかなりリアルに浮かんでくるのだ。

説明しよう。金正恩氏は誰がこの死亡説を流したかを知っているからだ。なぜならば、金正恩氏自身が自分の死亡説、暗殺説を流したからだ。誰がこの偽情報に飛びつき、誰にリークするかを慎重に見守っていたはずだ。

以下の聯合ニュース(日本語電子版)の記事を読んでほしい。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が最近、北朝鮮の内部情報を韓国に流出させる住民を「南朝鮮(韓国)のスパイ」と見なし大々的な摘発を指示したことが分かった。北朝鮮事情に詳しい消息筋は19日、聯合ニュースの取材に対し、金正恩氏が「内部情報を外に流している不純分子が多くいる」として公安幹部を追及したと明らかにした。国の情報を敵に渡す不純分子の策動を排撃するという内容の指示文が公安機関と住民に下されたようだと話した。

金正恩氏は人民保安部(警察)と国家安全保衛部(秘密警察)に「韓国スパイ」の摘発と処罰を命令している。しかし、金正恩氏もスパイ摘発が容易でないことを知っている。エサを付けず釣り糸を長時間垂らしていても魚は穫れない。魚を捕まえるためにはエサが必要だ。魚はどのようなエサに最も飛びつくか。それは自身の暗殺情報だ。金正恩氏はそこまで計算したうえで、上記の命令を出していたとすれば、金正恩氏はまだ若いが“立派な独裁者”と言わざるを得ない。

もちろん、釣り竿は1本だけではない。さまざまな情報(エサ)をつけた釣り糸を同時に垂らしておく。金正恩氏の計算通り、エサに飛びついた国民がいた。それを海外のメディア関係者に流した。そこで治安関係者は捜査を開始する。釣り竿のロケーションを知っているので、捜査の範囲は限定される。犯人を摘発するのもそんなに難しくはないはずだ。

以上のシナリオから一つの結論が出てくる。北から今後、偽情報が頻繁に流れてくる、ということだ。北側は美味しいエサ(金正恩氏の死亡説や金ファミリー関連情報)をつけた釣り糸を垂らしているから、その情報はかなり衝撃的だろう。

金正恩氏死亡情報が流れた直後、ウォンが一時急落するなどソウル外国為替市場が動揺したが、それを上回るショックを与える偽情報が北から流れてきたとしても驚くべきではない。金正恩氏が本当に亡くなるまで、何度も死亡情報が流れてくると想定し、冷静さを失うべきではない。


 

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。