「アジアには日本がいた」――EU難民問題の根源

2016年07月08日 13:50

英国のEU(欧州連合)離脱問題の根源には中東の難民の大量流入がある。では、なぜそんなに流入するのか。いろいろ理由はあるが、根本は戦前から中東が自主独立するのを助けずに、いつまでも植民地として従属させようとした欧州、そして米国の野心があった。

戦後の歴史を見れば、それがはっきりする。東アジア、東南アジアは高度成長を遂げ、何よりも自力で成長する独立心、自立心が育っている。

その精神を育んだのは、もちろん各国の努力だが、同時に戦前からの日本の支援が大きかった。日本は現地人の「独立援助」を目的に、戦前の国際連盟で委任統治という制度を積極推進した。

だが、英国やドイツ、米国はあくまでも植民地化にこだわった。その国家と国民が独立して豊かになるのとよりも、自国の利益のためになる政策を望んだのだ。

日本だけが明快な独立援助を実行した。現地人の文化や教育程度を詳しく調査しつつ最貧国、途上国から離陸すつための教育を推進し、農業や工業の技術を伝授、自分で学んで自分のものにする仕組みを推進した。

言い換えれば、領土の拡張とそれによる自国の国益のみの推進という植民地化の歴史、人種差別の歴史を終わらせる政策をとったのだ。

その結果が今日のアジア各国の独立、高度経済成長の推進につながる。近隣が豊かになれば、長い目で見て、それは日本のためにもなる。

何よりも、「自国では食えない」と日本に流入する難民が少なくて済む。人間、生まれ育った国で暮らすのが一番幸せだから、日本の委任統治、独立援助政策は正しかった。

これに対して欧米ではそうした教育、産業育成にあまり注力せず、自分たちの産業に役立つ農業などを推進したり、援助する場合もジャブジャブの食料援助をするだけ。だから人が育たず、独立ができす、貧しいまま。結果として雇用を求めて大量の難民が欧米に押し寄せた。
欧米も過去の植民地政策の反省と後ろめたさから、ここ数十年は彼らを向かえ入れたが、同時に難民たちを安い労働条件で働かせ、自分たちは「彼らを働かせて、楽に生きよう」というムシの良さも相変わらず根強かった。

これが今日の難民流入の難題で、増えすぎた難民を押さえ込もうとしてあがいている。EU離脱が英国のみならず、フランスやイタリア、東欧に広がろうとしている背景である。

第3次中東戦争の惨敗後、当時のエジプトのナセル代大統領がこう語った。
「アジアには日本があった。しかし、アラブには日本がない」

日本がいれば、中東はもっと教育水準が高まり、経済成長もしていてイスラエルに一方的にやられることもなかったろう。いや、日本がいれば、イスラエルと中東との間の対立はもっと温和で、戦争そのものがなかったかも知れない。

ここまで言うのは私の独断だが、平和を維持するのに重要なのは植民地化を避け、それにより途上国から簒奪、収奪をしないことなのである。戦前の日本の歴史、外交政策には問題点も多々あったが、相対的に見ると、根強い植民地化と人種差別を進めていた欧米よりも、ずっとましだった。

その結果が昨今の欧州の難民問題にまで及んでいる。今からでも遅くはない。各国は中東やアフリカが成長できるような独立援助の方針を打ち立てるべきである。

日本はそのために先頭に立つとともに、ノウハウの提供にいそしむべきだろう。間違ってもやってならないのは金銭の援助を行うことだ。外務省の役人は、戦後の高度成長期にODA(政府開発援助)の名のもと、愚かにもこの安易な金銭援助政策を実施して、日本に頼る国々を増やしてしまった。

新渡戸稲造や柳田國男などが実施した戦前の優れた委任統治政策をしっかり学び、反省することが欠かせない。

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