なぜ17歳の少年がテロリストに?

ドイツ南部のビュルツブルクで18日午後9時ごろ、アフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせるという事件が起きた。犯行後、電車から降りて逃げるところを駆け付けた特殊部隊員に射殺された。少年の犯行動機、背景などは不明。目撃者によると、少年は犯行時に「神は偉大なり」(アラー・アクバル)と叫んでいたという。

バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相が19日明らかにしたところによると、少年の部屋から手書きのイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の旗が見つかったという。少年は1年前に難民としてドイツに来た。保護者はいなかった。

フランス南部ニースでも今月14日、84人の犠牲者が出たトラック襲撃テロ事件が発生したばかりだが、容疑者(31)も犯行時に「神は偉大なり」と叫んでいたという目撃者の証言があった。

容疑者が射殺された場合、犯行動機を直接聞きだすことはできない。だから、容疑者の家族関係者、友人、知人から聞きだす一方,捜査官は容疑者の住居、使用していたPC,スマートフォン、携帯電話のメモリーを詳細に調べる。その中でも、「神は偉大なり」の叫びは容疑者の動機を知るうえで重要な情報と受け取られ、ISメンバーか“ローンウルフ”かは別として、容疑者が少なくともイスラム過激派ではないか、という疑いが出てくるわけだ。

ところで、独バイエル州やオーストリアでは「グリュース・ゴット」(Gruess Gott)(神があなたに挨拶しますように)という挨拶表現がある。グリュース・ゴットはキリスト信者たちの間だけではなく、一般社会でも使われている。
「アラー・アクバル」と「グリュース・ゴット」は神が登場する点で同じだが、前者はイスラム教徒の祈りの一節であり、信仰告白の性格が色濃い。後者の場合、「オー・ゴット」と同様、神自身には意味がない。「神」は完全に意味を失い、形骸化している。その点、イスラム教徒の「アラー・アクバル」は偉大な神への呼びかけであり、イスラム教徒にとって言葉「アラー」と意味は一致している。

イスラム教もキリスト教も信仰の租アブラハムから派生した唯一神教だ。前者は神の全知全能性を強調する一方、後者は神の愛を重要視してきた。「神は偉大なり」という言葉はイスラム教徒の信仰告白であり、彼らは日に5回、「神は偉大なり」と祈る。ただし、イスラム過激派テロリストが「神は偉大なり」と叫び、テロを実行することから、「神は偉大なり」がテロリストの犯行宣言のように受け取られるケースが増えてきたわけだ。

17歳の少年の話に戻る。彼は昨年6月30日、ドイツ南部バイエルン州国境の都市パッサウからドイツ入りした。同年12月16日に難民申請し、今年3月31日に滞在許可証を得ている。難民保護家庭に宿泊し、パン屋さんの見習いとして仕事を始めたばかりだった。関係者によると、「少年はドイツ社会に積極的に適合するために努力していた」という。

独週刊誌シュピーゲル電子版は20日、「1年間難民、そして1日でイスラム過激派に」という見出しの記事を掲載し、なぜ少年が突然、イスラム過激派となり、テロを行ったかを追求している。分かっている点は、アフガニスタンにいる友人が最近、亡くなったことに少年は非常にショックを受けていたということだ。治安関係者は少年の動向をまったくマークしていなかった。
ちなみに、ドイツには保護者がない未成年者の難民数は現在、約1万4000人だ。未成年者の難民はイスラム過激派によってオルグされる危険性が高い。未成年者の難民の心のケアが大きな課題となっている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。