通信文化:長安と京都の巻

2016年08月12日 11:30

西安

郵便関係者向けコラムの4です。

みな幸せそうだ。半裸の男どもがゆったりと太極拳に興じている。痩せた老人が独り胡弓を奏でる。傍らでおばさん50人ばかり、大声で歌いながら踊っている。

周りに子どもたち。地面で男児どもがメンコをしている。隣の路面の石に、水をしたたらせた筆で草書を走らせる子もいる。バック転をする娘。ほめると何度も繰り返す。幼いガキが道端にしゃがみ、脱糞している。なぜだろう、じーんとなつかしい。

長安。今の名を西安という。紀元前11世紀から10世紀初頭まで、13の王朝が都を置いた街。始皇帝の兵馬俑坑をそぞろ歩くと、仏、独、伊、ポルトガル語が乱れ飛ぶ。英語が聞こえない。大陸を征くシルクロードの入口だと感じさせる。路地を歩くと、モスクに出くわす。イスラムの出口だと感じさせる。そう、これぞ国際都市。

玄奘がインドから帰って652年に建立した大雁塔を、ふうふうと上りつめ、見下ろした。何千年もの間、こうして、民族も、宗教も、交配してきたんだな。今も踊ったり、遊んだりしているんだな。

私は京都人である。京都がコピーした長安を訪れるのは人生の宿題である。この塔は、古都の南にあるタワーだから、さしずめ京都タワー、なのだな。

いや、違う。確かに京都は国際都市だ。先日、米国誌による観光都市ランキングで、京都市が2年連続で世界一位に輝いたという報道があった。京都は長安先輩に対し鼻が高かろう。だが待てよ。確かに京都はここんとこ西洋人が多くて垢ぬけている。そうだ、京都、行こう、と思わせる。

だけど、私が幼かったころの光景は、もうない。地面でメンコしたり、道に字を書いたり、飛び跳ねたりする子の姿は見かけない。脱糞するヤツは当時もいなかったが、肥溜めの中味を撒き散らすヤツはいた。そんなガキどもの声は消えた。清楚で上品になった。観光地として世界一になった。それでみんな果たして幸せになったのだろうか。

あ。タワーでそんなことを考えていて思い出した。そんなガキだった私は、郵便局の世話になっていたんだ。左京郵便局(今の岡崎郵便局)の空手部に、つてを頼って入れてもらったのだ。私と同級生のY君の2名は毎週数回、地下の道場に通っていた。

ガキというのは、ガキなことをする。その道場は柔道部と共用だったのだが、何かの弾み、私とY君は、カベに「柔道部のアホ」と落書きした。アホはお前らや。大人に見つかり、ボコられて、即座に「破門」となった。謝る機会もなく追放だ。

人生初の破門である。以後も破門の経験はない。就職時の履歴書、賞罰の欄に、左京郵便局空手部破門とは書かず、隠した。後ろめたさを引きずり、たまに思い出す。関係者のみなさま、あのときの落書きの犯人は私です。この場をお借りしておわび申し上げます。京都はそんなアホなガキがおらんようになって、世界一になったんでしょう。

本日は、悠久の長安の話から、しょーもない告白になってしまい、すみませんでした。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年8月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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