功を奏するか、朴大統領の「北のウェルカム作戦」

岡本 裕明

このニュースに接した時、少なからずとも驚いたのは私だけではないでしょう。10月1日、「国軍の日」の演説で朴大統領が「北朝鮮軍人と住民に対し『いつでも韓国の自由な地に来てほしい』と呼びかけた」(日経)とあります。人道的配慮もあるのだろうと思いますが、ずいぶん思い切った踏み込み方をしたと思います。

日本のニュースはこれ以上でもこれ以下でもありません。中央日報では社説で朴大統領発言を評価しています。一方、北朝鮮は「強盛繁栄するわが共和国の威力に戦慄した生ける屍の悲鳴」という小説に出てくるような表現で非難しています。ここから見える朝鮮半島の不安定化はより現実的な問題を提起したような気がします。

一週間ほど前、「韓国の気迷い」と題してブログを書かせていただいたのですが、今の朝鮮半島は広義の意味で「火薬庫」となりつつある気がします。「火薬庫」とは歴史上、第一次世界大戦前のバルカン半島を指しますが、半島ではいろいろ問題が起こりやすいのは歴史が証明しています。朝鮮半島は世界の半島の中でも特に潜在的問題が大きい半島の一つであります。

朴大統領のウェルカム作戦が一歩間違って怒涛の如く韓国に北朝鮮の人が入ってきたとき、どうするのか、という懸念が私には頭をよぎりました。そしてその最も良い例が1990年のドイツ再統一のケースであります。その時、ベルリンの壁が壊され、人々は開放を喜び合いました。ここまでは美談。ところが、実際の国家統合はとてつもない困苦の始まりでありました。私はあの当時、ドイツは終わったのか、と思ったぐらいです。その苦しみは20年続き、ようやく、そこから脱却できて今の「ドイツ帝国」が生まれています。

私は83年に単身で東ドイツに行ったことがあります。モスクワから東ベルリン行きの飛行機に乗り、真冬の空港でタラップを降りた時、そこは白黒テレビのごとく、オフィサーの黒い外套と白い雪と灰色の建物以外色はありませんでした。強制両替をしてお金を手にしても店はないし欲しいものは全くありません。食べるところを選ぶという選択肢もない社会主義の世界は恐ろしく抑圧された空気が覆っていました。それを考えるとモスクワやレニングラード(現サンクトペテルブルグ)はもっと明るく、楽しい街でありました。ドイツ人の性格の暗さがにじみ出ているようなそんな感じがいたしました。

韓半島の再統一、これは実質的には李氏朝鮮以来の野望となります。李氏朝鮮は1392年から1910年まで約500年強続いた統一国家で、それから100年以上経っています。戦争期の混乱を経て朝鮮戦争で分断された国家となり、北と南では休戦状態が続きます。つまり、いつでも戦争再開は可能であります。

体制の相違が生み出す双方国民の価値観、観念、常識、社会通念、適応力などは世代をまたがっており、そう簡単にはギャップが埋まるものではありません。例えていうなら、外国に住む日系2世、3世と普通の日本人が一緒になるぐらいの感覚の上に体制の相違が加わるのですから如何に容易ではないか想像がつくでしょう。

仮に北朝鮮の人が大挙して南の押し寄せてきたら南の人の一部は外国に逃げる行動に出るかもしれません。残念ながら5000万人の韓国人が皆、同胞としての熱い手を差し伸べられるわけではありません。そして家父長制度が強く残る韓国において一人動けば一族郎党動くという流れにつながりやすくなります。この場合、何処に行くか、といえばすでに諸外国の移民権を取得していなければ日本は第一候補地だろうと思われます。

今、韓国が盤石の経済体制であれば自国内受け入れの余地もあるでしょう。が、連日報道されているようにロッテやサムスン、韓進、現代など主要財閥は問題含みだらけであります。雇用は非正規雇用と低賃金で若者はあえいでいます。その上、世界最強の労働組合が経営側に対峙する構図があります。つまり、経済状況からすれば朴大統領の戦略的発言の目論見が狂った場合のリスクは高いでしょう。

逆に言えば、そこまで、南北の関係は硬直化し、緊張が高まり、韓国は引くに引けない三途の川を渡りつつあるとも言えます。Thaadのシステムを導入することを決定した段階で韓国の腹は決まったのだろうと思います。中国にすでにかなりいじめられながらも不退転の決意がそこに見て取れますが、逆にそれは新たなるレベルに入ったともいえそうです。

日本は韓国人が押し寄せる場合のシュミレーションと対策を打つべきでしょう。対策はあるに越したことはありません。もちろん、この話は南北の「壁」が崩壊した際のシナリオの一つでありますので今日明日ではないにしろ、備えは必要でしょう。

もう一つは朴政権が実質来年一杯である点において次期政権がちらちらと話題に上る時期になってきたことも韓国世論への影響を考える上で重要です。次期政権候補が朴体制を踏襲するのか、全く違う方針を打ち立てるのか、これを世論がどう受け止め、国内議論が進むかが一つの方向性を占うカギともいえそうです。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 10月4日付より