【映画評】エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に

渡 まち子
Everybody Wants Some

1980年・夏。野球の推薦入学生として大学に通うことになった新入生のジェイクは、新学期がはじまる3日前に入寮する。期待と不安をかかえたジェイクは、寮で暮らしている風変わりな先輩たちやルームメートに出会う。面倒見の良い先輩のフィネガンの案内で大学をめぐっていたジェイクは、新入生で演劇専攻のビバリーにひと目惚れするが…。

80年代のテキサスを舞台に、新入生が新学期を迎えるまで3日間を描く「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に。」は、「6才のボクが、大人になるまで。」で話題をさらったリチャード・リンクレイター監督の半自伝的な作品だ。ストーリーはあってないようなもので、大学の寮に入った主人公ジェイクがくりひろげる、新学期が始まるまでの3日間のバカ騒ぎを描くというただそれだけのものだ。同監督の「バッド・チューニング」の続編のような内容だが、これがなんともみずみずしい。バカ話をし、音楽を聴いて、女の子と騒ぐ若者たちは、まだ何者でもない代わりに、これから何にでもなれる可能性に満ちている。ジェイクは野球の推薦入学生だが、田舎の高校ではスター選手だった彼も、野球エリートが集まる大学の野球部では、ただの新入生にすぎない。ただ彼はスポーツだけの筋肉バカではなく、文学や音楽にも興味を示す文科系の香りがする青年で、これは監督自身を投影しているのだろう。ちょっぴりシャイなジェイクは、ディスコ、カントリー、パンクとジャンルを超えて踊りまくりながら「自らのアイデンティー喪失の危機を感じる」などとつぶやいたりするのだ。高校生でもなく大学生でもない3日間。大人への扉を開ける少し前。夢のようなバカ騒ぎから新学期という現実へ。80年代の懐かしさいっぱいの音楽をめいっぱい使って、青春のきらめきだけを活写する。見終わった直後は「ダラダラしたおバカな話」としか思えなかったこの映画、時間がたてばたつほど、忘れがたい秀作へと昇華していく不思議な作品だ。主人公の姿を通して、もう二度と戻らない輝いていた時間そのものをスクリーンの中に見るからかもしれない。
【75点】
(原題「EVERYBODY WANTS SOME!!」)
(アメリカ/リチャード・リンクレイター監督/ブレイク・ジェナー、ゾーイ・ドゥイッチ、グレン・パウエル、他)
(ノスタルジー度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年11月9日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式サイトより)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。