ここまで深刻だとは思わなかった日本のタコツボ社会

2017年02月26日 06:00

新学期の準備をするため3週間ほど一時帰国した。以前、日本を旅行した中国人から、地下鉄でみなが読書をしている光景に感動したと聞かされたが、今はかなり様変わりした。だが、車内がシーンと静かなのは変わっていない。騒々しい中国の車内光景を見慣れたものには異様に映る。

都内滞在中、昼間は図書館に通い、夜は旧友と過ごす生活だった。最も印象に残った出来事の一つは図書館で起きた。

自宅近くの区立図書館では、小さなパソコン専用スペースがあり、使用を申し出ると折りたたみいすと、希望者には電源コードが提供されることになっている。さすが日本式のきめ細かいサービスだ。いすを出しておくと一般の利用者に占拠され、PC専用スペースがふさがってしまうとの気づかいなのだろう。コンセントは机のすぐ後ろにあるので、私はPC用のコードを持参して使っていた。

ある日、いつもと同じようにPC用の席を申し込み、椅子を借りたところ、電源コードも提供するのでそれを使ってほしいという。見慣れない若い男性職員だった。長いコードがあっては作業の邪魔になるので、私は断った。

「自分のコードで間に合いますから結構です。いつもそうやっていますから」

すると男性は困った表情を浮かべ、

「いやコードを貸し出すことになっているので・・・」

と取り合ってくれない。

「なんで?」。予想外の対応に接し、私はふと、自分が無茶を押し通そうとしているのではないかと自省した。利用者のコードを直接、電源に差し込むことによる図書館側の不利益、責任問題、法的リスク・・・だがどう考えても館で用意したコードを使わなければならない合理的な理由が見つからない。

「面倒なやり取りをするより借りてしまおうか」
「親切で言ってくれているのかも知れないから、それを無にするのもどうか」

刹那に様々な考えが頭を巡った。しょせんはささいなことである。だが、自分の判断が正しいと思っているのなら、あいまいな決着をせず、それを通すべきだというのが信念としてある。わざわざ無駄なことを強いられるのも不愉快だ。中国での生活は、まさに自己主張の連続である。主張のないもの、すぐに妥協するものは、原理原則に欠ける優柔不断な人間の烙印を押される。信用も、尊重も、尊敬もされない。

私はやり取りの過程を楽しむぐらいのつもりで、男性職員に尋ねてみた。

「どうして自分のコードを差し込んじゃいけないんですか?」

彼の表情は凍り付き、動きが一瞬停止した。沈黙のすえ、出てきた言葉は、

「ちょっと聞いてきますので、少々お待ちください」

だった。戻ってきたあとの返事は推して知るべしだ。「問題ありません」。わずか数分のやり取りだったが、石ころを飲み込んだような違和感が残った。日本のマニュアル社会が個人の思考を奪っている現状については当ブログでも以前、『マニュアル社会は思考と自由だけでなく感情をも奪う』のタイトルで書いたことがある(1月17日)。だがここまで深刻だとは思いもよらなかった。

個人が集団の中に埋没し、「ルール」「マニュアル」という隠れみのの中に逃れて暮らすタコツボ社会を想像してみる。人と人の間に多くの膜を張れば、直接肌が接するような面倒は避けられる。タコツボに身を隠していれば、傷つく危険は避けられる。だが取り繕った笑顔や敬語はあっても、感情は消え、他者への関心は失われている。周囲への反応は過敏にみえるが、実は冷淡の裏返しであって、鈍感なのだ。温室の中で育てられた心は、太陽を浴びていないためどんどんひ弱になっていく。

その反面、集団の枠を取り払い、少しでもタコツボに手を入れようものなら、たちまち過剰な反応が引き起こされる。これがいわゆる「切れる」という現象だ。お互いのコミュニケーションによって問題を解決していく空間は閉ざされている。だから人々は、相手が「切れる」のを恐れ、極力、他人のタコツボには近づかないよう気を付ける。こうして人間関係のオモテウラ、本音と建て前はかけ離れ、ますます疎遠になっていく。いくら図書館に通っても、世間話をするような打ち解けた関係を築くことはできず、逆によそよそしさが際立つことになる。

ある場面を思い描いてほしい。地上にラインが引いてあり、その向こう側である集団が楽しそうに踊っている。ラインを気にせず集団に近づいて手拍子をし、気が付けば一緒に踊っているような人がいる。また別の人は、ラインを超えることについて何か説明書きがないか、あたりをきょろきょろ探し回る。「立ち入り禁止」と書いてあれば安心してとどまり、何も書いていないとどう身を処していいか不安にかられる。タコツボ人間とはこうしたものを言う。匿名のインターネット空間では逆に、抑圧された感情を爆発させ、攻撃性をむき出しにする人々だ。

半日、秋葉原を歩いてみた。日本発のオタク文化は、こうしたタコツボを増殖させているのか、あるいはタコツボを打ち壊すパワーを秘めているのか。また少し距離を置いて眺めてみようと思う。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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