2017/03/19に専門家会議が豊洲市場の地上に対してはっきりと安全宣言した中、豊洲移転反対派が豊洲市場への移転を反対する理由は【安全 safety】と【安心 reassurance】の違いだけになったと言えます。また、2017/03/14に小池百合子東京都知事が「第三の道考えず」と明言しているように、現在のところ東京都中央卸売市場は、築地残留か豊洲移転の二者択一という流れになっています。この記事では「安全と安心とは何か?」「築地と豊洲の安全と安心は?」について、小池都知事の発言を参照ながら、論理的に考えてみたいと思います。
安全と安心
小池都知事は2017/03/03の記者会見で【安心】と【安全】について次のように述べています。
記者
石原さんについてなのですが、これから3時から会見をされますが、石原さんは、これまで取材に対して、「小池知事は【安心】と【安全】を混同して迷路に迷い込んでしまっている」ということをおっしゃっていたのですが、それについての受け止めと、知事は【安心】と【安全】をどのように分けて考えるか、教えてください。
小池都知事
まず基本的に、【安心】と【安全】の定義、そこの議論に入ると、まさしく迷路になってしまうと思います。ただ、【安全】というのは科学的、法律的な根拠に基づくということが一般的なベースになろうかと思います。【安心】というのは、例えば、消費者、都民の皆様方が、「ああ、これで【安心】」といったような、ある種の消費者としての理解、そしてまた、そこに寄せる信頼といったようなことではないかと思います。これを両方含めて必要なことではないかと思います。結局、消費者として選択をする際に、これが【安心】なのか【安全】なのかということについては、特に食品については、なかなか日本の消費者というのは厳しいわけですから、そこの部分はきちんとした科学的な、そしてまた法律的な根拠を示すことによって、正確な情報を示すことによって、それが得られるものと。
非常に驚かされることですが、「基本的に、【安心】と【安全】の定義、そこの議論に入ると、まさしく迷路になってしまう」という言説からもわかるように、小池都知事は明確な定義もなしに築地市場並びに豊洲市場の【安心】と【安全】について何度も繰り返し述べているということになります。
ここで、【安全】と【安心】の社会における一般的な認識を総括すれば、【安全】は「論理に基づき客観的に決定されるもの」であり、【安心】は「個人の価値観に基づき主観的に感じるもの」であるとすることができます。
このうち【安全】は、量的な【数値 numerical value】あるいは質的な【カテゴリー値 categorical value】によって【規準 criterion】や【基準 standard】という形で記述され、各種事案に対する科学的判断の根拠として社会の意思決定に用いられています。
ここで、【規準】とは、物が壊れたり、害が発生したりする【限界値 critical value】であり、例えば、ダムが壊れる時の基礎岩盤の強度、エレベーターが壊れる時のワイヤロープの強度などがこれにあたります。
これに対して、【基準】とは、【不確実性 uncertainty】によって、物が壊れたり、害が発生したりするハザードが生じないように【規準】より厳しく定められている【合意値 agreed value】であり、例えば、ダムの場合には【規準】強度の4倍、エレベーターの場合には【規準】強度の10倍が【基準】強度となります。この【基準】強度を下回らないよう設計を行うことで【安全】が確保されるわけです。
【基準】を求めるために【規準】に乗じる倍数は【安全率 safety factor】と呼ばれます。【安全率】は【安全】の確保にあたって【不確実性】を除去するのが目的とされてますが、実際にその多くは【安全側 conservative】の見地に立ったブレインストーミングによって【経験的 empirical】に設定されており、結果的に【安心】を多分に含んだ数値になっていると言えます。つまり、【基準】には、【安全】のみならず【安心】も織り込まれているということになります。
さて、豊洲市場の議論でしばしば登場する【基準】である【環境基準 environmental quality standards】とは何かといえば、環境省が次のような見解を示しています。
人の健康の保護及び生活環境の保全のうえで維持されることが望ましい基準として、終局的に、大気、水、土壌、騒音をどの程度に保つことを目標に施策を実施していくのかという目標を定めたものが環境基準である。環境基準は、「維持されることが望ましい基準」であり、行政上の政策目標である。これは、人の健康等を維持するための最低限度としてではなく、より積極的に維持されることが望ましい目標として、その確保を図っていこうとするものである。また、汚染が現在進行していない地域については、少なくとも現状より悪化することとならないように環境基準を設定し、これを維持していくことが望ましいものである。また、環境基準は、現に得られる限りの科学的知見を基礎として定められているものであり、常に新しい科学的知見の収集に努め、適切な科学的判断が加えられていかなければならないものである。
また環境基準の具体的な目標値について環境省は次のように言及しています。
微量であってもがんを発生させる可能性が否定できず、閾値がないと考えることが適切な物質に係る環境基準の設定等に当たってのリスクレベルについて、生涯リスクレベル10^-5(10万人に1人の割合の生涯リスクレベル)を当面の目標とする。
この記述からわかるように、環境基準とは、1人の人間に対してクリティカルに発生するハザードのリスクシナリオを10万倍厳しくしたリスクレベルであると言え、明らかに【安全】に対する【不確実性】の除去というよりは、社会が許容する【安心】の【コンセンサス consensus】を実現したものであると言えます。年間3万に1人という割合で発生する交通事故死リスクを許容しながら自動車社会のベネフィットを求める日本社会において、生産活動によって発生する各種汚染物質と生涯にわたって接触することで10万人に1人の割合で死亡するリスクレベルを設定することには概ね合理性があるものと考えられます。
そして、ここが重要なのですが、このような趣旨の環境基準を用いて事案の可否を判断している豊洲移転の環境評価においては、既に合理的な【安心】の【コンセンサス】を織り込んでいると言えます。「安心は別」とする専門家会議も誤解していると思いますが、「10万人に1人」という数字はけっして自然科学的に求められた数値ではなく、【安心】を確保するために設定された、大衆の価値観の【コンセンサス】以外の何物でもありません。私は、「基準はけっして【限界値】ではなく、【安心】を織り込んでいる値である」という事実を専門家会議が明確に説明しないことも混乱に繋がっているものと思います。
ここで豊洲市場の環境レベルについて最も危険レベルが高いとされるベンゼンを例にして整理します。現在豊洲市場のモニタリング調査ではごく一部に環境基準の100倍のベンゼン濃度の地下水が検出されていますが、人間がこの地下水や地下水をとりまく土壌に接触する可能性はゼロであり、たとえこの地下水に含まれるベンゼンが気化したとしても地上空気が環境基準を超えることはありません[専門家会議計算結果]。ちなみに、仮に環境基準に達したとしても、1/10万分の1の確率で死亡するには70年間365日24時間にわたって豊洲市場でその空気を十分に吸入する必要があります。これは市場関係者でも絶対不可能なハードワークであると言えます。何しろこの条件を達成するためには70年間豊洲市場に居続ける必要があるのですから(笑)。また、この空気が市場の食物に付着した水に十分に長時間触れたとしても、その影響は環境基準の1/1000未満です[専門家会議計算結果]。この場合に1/10万分の1の確率で死亡するには70年間この水を毎日2トン飲み続ける必要があります。つまり、消費者の食の【安全】が脅かされるなどということは、事実上まったく考えられないと言えます。もちろん、第4・5回会議で専門家も明確に地上部の【安全】を結論付けています。そんなことも一切考えずに、共産党やマスメディアが「食の安心が脅かされている」という風評を流し、小池都知事がそれをまったく払拭しないという極めて理不尽な状況が現在も継続していると言えます。
ちなみに、専門家会議の計測結果によれば、豊洲市場の地上の環境の【安全】レベルは消費地である都内各所よりも高いということですが、実際には都内各所と同等のレベルであれば十分であり、安全のレベルを過剰に上げるのは無意味(税金の無駄遣い)であると言えます。これは、消費地には通常の環境基準が適用されているためであり、たとえ市場にだけ高い環境基準を課したとしても、市場から生鮮食料品が出荷されて一歩外に出た瞬間にそれよりも低いレベルの環境に曝露されることになるからです。
以上のことを、東京都(小池都知事)とマスメディアが一体となって、「豊洲市場では【安心】を含めた【安全】が確保されていること」を普通に説明すれば、消費者の【安心】が得られることは自明です。問題なのは、小池都知事やマスメディアにそのような発信を一切行ってこなかったばかりか、次節に示すように客観的に見て無理に風評を煽っています。
ここに様々な不合理な言説が決定論的に連成した【ケイオス chaos】が成立し、世の中の行動原理のすべてに優先される【安心神話】が完成することになります。【安全神話】が過激なリスクオンであるのに対して【安心神話】は過激なリスクオフ、すなわちゼロリスクを主張するものであるといえます。
小池都知事が移転延期の条件にしたように、もしも豊洲市場において地下部の環境基準を【安心】の条件として求めるのであれば、都内にあるすべての卸売市場、スーパー・マーケット、デパートはもちろんのこと、流通経路となる道路においても、地上空気と地下の土壌と地下水のモニタリング調査を行う必要が出てきます。加えて、豊洲市場の利用よりもよっぽど生鮮食料品に悪影響を及ぼす高濃度のベンゼンを排出するディーゼルエンジンを備えた一般の漁船・トラクターを使っている水産業者・農産業者からの納入を拒否し、低速走行で地下水よりもよっぽど多いベンゼン量を排出するトラックの出入りも禁止にする必要があります。豊洲市場に納入可能な業者は、手漕ぎ船を使っている水産業者ならびに旧来型農機具と家畜を使っている農産業者に限定する必要があり、市場に出入り可能な業者も籠や荷車を使って物を運ぶ飛脚に限定する必要があります。
【安心神話】は【ポピュリズム populism】の源泉となり、大衆倫理を操作することで不合理でヒステリックなゼロリスク追及行動を許容する根拠となります。→[ポピュリズムのメソドロジー]
築地と豊洲
ゼロリスクの追及はすべてに優先するという【安心神話】によって、2016年8月31日に豊洲移転が延期された一方で、安全に対する確固たる科学的データが欠如しているにもかかわらず【安心神話】がまったく適用されないのが築地市場であると言えます。これは究極の【ダブルスタンダード/二重基準 double standard】です。小池都知事が豊洲移転を延期する判断を下したため、築地市場における営業は現在も継続しています。そもそも小池都知事の移転延期の理由は次のようなものでした。
小池都知事、築地移転延期の理由は「都民目線」1月以降判断 [2016/09/01日本経済新聞]
都庁の会見室で午後1時半(2016年8月31日)から開かれた記者会見で、小池知事はまず「11月7日予定の移転は延期する。小池都政では、一度決めたから考えなくてよいという考え方はとらない」と切り出した。続けて「これまでの決定で、都民ファーストに基づいていないものは都民の目線で情報を公開し、都民の利益を第一に考え、時には政策を変更して都政運営をする」と述べ、市場移転以外の問題でも従来の決定事項について変更の余地があることを示唆した。
その上で豊洲について「都民ファーストの視点から(1)【安全】性への懸念(2)巨額かつ不透明な費用の増加(3)情報公開の不足――の3つの疑問点が解消されていない」と指摘。「地下水のモニタリングではいずれも(有害物質が)環境基準以下となっているが、1月に公表する調査結果を見届けるのは【安全】性の確認、説得力において譲れない」と述べ、移転の判断は来年1月以降になるとの認識を示した。
そもそも、豊洲移転延期の理由は【安心】ではなく、(1)【安全】への懸念でした。これがいつからか【安心】への懸念に【論点転換 diversion】されました。(2)については移転の可否とは無関係な内容であり、典型的な【論点変更 shifting to another problem】の誤謬です。(3)についても延期の理由としては必ずしも妥当ではありません。通常の公共工事において豊洲市場くらい情報公開を行っている事例はほとんどないと言えます。地下空間への設計変更を情報公開していなかったことを小池都知事は問題視しましたが、「都民ファースト」であるのならば、営業中の築地市場の土壌汚染に関して、2016年3月までに判明していたにもかかわらず2017年2月末まで情報公開しなかったことの方がむしろ深刻な問題であると言えます。
築地市場も土壌汚染か=有機溶剤残留の可能性-都 [時事通信 2017/02/28]
東京都が築地市場(中央区)の敷地に土壌汚染の可能性があるとの報告書を昨年3月にまとめていたことが28日、分かった。築地市場は戦後、進駐軍に一部が接収されており、その際に設置されたドライクリーニング工場で有害物質を含む有機溶剤を使用していたとみられる。
小池都知事ぶらさがり会見 2017/02/28
築地市場はこれまでも長年使われてきた所であります。それからその前のいろんな歴史もありますけれど、基本的にあそこはコンクリートやアスファルトでカバーされているところです。汚染という観点、もしくは法令上の問題はない。
「長年使われてきたから【安全】である」というのは、演繹的な【偽原理 non-sequitur / it dosen’t follow】であるばかりでなく、帰納的にも複雑な事物を過度に単純化して推論する【過度な単純化 oversimplification】という誤謬です。環境基準は70年にもわたって10万人に1人の割合の生涯リスクレベルを確保するものであるため、疾病の有無を確認することは困難です。現在進行中で汚染物質に曝露している人がいるかもしれません。科学的観測データをもって豊洲市場を問題視するのであれば、築地市場も科学的観測データをもって環境評価すべきです。この言説から都知事の問題認識の浅さがよくわかります(笑)。
「コンクリートやアスファルトでカバーされている」というのも悪い冗談を聴いているようです(笑)。豊洲市場は当然のことながら【無傷の低透水性媒体 intact low-permeable media】である厚いコンクリートでカヴァーされています。地下空間においても一部を除き、コンクリートでカヴァーされており、今後打設を行えば、全面をコンクリートでカヴァーすることも可能です。また、地下水管理システムが稼働しているために常に土壌浄化が進行している状態であると言えます。このような仕組みを【多重バリアシステム multi-barrier system】と言います。何よりも地下空間というバッファがあるため、仮に有害ガスが検出されたとしてもそれを外部に放出するこで地上部に影響を与えないように制御することができます。
一方、築地市場の場合には地下空間は存在せず、地下の配管の状況も把握できていないことから、システマティックな改修は容易ではなく、現在ある底面コンクリートのみが唯一のバリアとなります。深刻なのは、築地市場では、コンクリートを劣化させる要因となる塩水で表面を洗浄しているため、セメントや骨材が抜け落ちるジャンカが発生しやすく、有効拡散係数が大きい(流体の拡散速度が大きい)ポーラスな状態となっていることです。そして最も深刻なのは、拡散よりもはるかに大きいオーダーで物質を移動させる【亀裂 fracture】が分布していることであり、浸透特性のの評価にあたっては、基本的に【不連続性媒体 discontinuous media / fractured medeia】として考える必要があります。
健全なコンクリートが10^-6cm/s程度以下の透水係数であるのに対して、不連続性媒体の透水係数は数オーダー高い値となります。不連続性媒体の透水係数は、亀裂幅の三乗に比例して亀裂間隔に反比例するという【三乗則 cubic law】に従うので、例えば平均間隔1mで幅0.5mm程度の亀裂が存在するだけで透水係数は10^-2cm/sほどになります。さらに、その幅が1mmになると透水係数はその8倍(2倍の3乗)となります。このようなリマーカブルな亀裂を多くの風景写真から普通に観察できる築地のコンクリートはもはや普通のコンクリートとしての機能を有していない可能性があります。ちなみに上掲の写真のコンクリートは特に破損が著しい部分であると考えますが、地下の流体は基本的にこういった最も透水性が高い部分に選択的なパスを形成して移動します。この亀裂の開口幅は1mmというレベルではなく、亀裂の平均間隔も10cm程度です。透水係数は普通に考えてみて10^0cm/sを下回ることはないでしょう。これは冗談ではなく、少なくとも豊洲の10^6倍、すなわち100万倍ということになります。
このような工学的常識がある中で小池都知事は堂々と「築地はコンクリートやアスファルトでカバーされているから大丈夫」と発言したわけです。これは既に科学を逸脱しています(笑)。石原元都知事は百条委員会において「専門家の知見を信頼して裁可した」と証言しましたが、工学的常識を有していない小池都知事も、石原慎太郎元都知事と同じように、見識がない分野においては専門家の意見を信頼して裁可することが求められるのは自明です。しかしながら小池都知事は専門家の意見を聴かずに暴走しているようです。
小池百合子都知事「地下だとしても重く受け止めている」 ベンゼンなど基準超 [産経ニュース 2017/01/15]
移転が延期された豊洲市場(東京都江東区)の地下水モニタリング調査で、ベンゼンなど3種類の有害物質が環境基準を超えた問題で小池百合子都知事は15日、報道陣に「(食品が流通する)地上と(有害物質を検出した)地下を分けたとしても、食品を扱うのに変わりはない。重く受け止めている」と述べた。また、小池氏は今夏の都議選で「今後の豊洲のあり方は一つの争点になるべきだ」との認識を改めて示した。14日の都の専門家会議では調査結果について「食の安全に問題はない」などとする意見が出ていた。
橋下徹氏がtwitterで証言しているように、小池都知事が「感性」で裁可するというのは、個人的な直感を根拠にする【個人的直感に訴える論証 appeal to intuition / truthiness】という誤謬であり、論理的にはいわゆる「博打」と同じ行為です。客観的情報を無視して個人的見解を根拠にするのは、自分に対する肯定的な意味での【人格論証 ad hominem】あるいは【権威論証 ad verecundiam】に他なりません。主観も経験に基づく情報であると考えることもできますが、これを認めることは【暗黙知 tacit knowledge】を根拠にした論証を認めることと同値であると言えます。もしも経験に基づく主観であるのならば、その経験を【形式知 explicit knowledge】として明示して自説を立証すべきであると言えます。
2017/03/24に撤回しましたが、豊洲移転を都知事選の争点にしようとしていたのも、行政案件の私物化である可能性があります。実際、小池百合子都知事は1月14日、第4回「希望の塾」の講義において、豊洲移転の判断について次のような発言をしたことが報じられています。
小池都知事ブレーンが分裂 豊洲移転派VS.築地残留派 [週刊朝日 2017/01/25]
私が(移転問題の)結論を出すわけではありません。こういったことは都民の皆様によく知っていただいて、時には判断に参加していただく。それがこれからの大きな流れになる
【住民投票 referendum】は、多くの有権者が事案を十分に理解している場合に有効であると考えられますが、多くの有権者がワイドショー報道にミスリードされている中で住民投票に結果を求めるのは危険な【ポピュリズム】であると言えます。事案のすべてを知ることができない有権者が見識を持つ政治家に政策決定を委任する分業制度が間接民主制であると言え、風評が発生している豊洲移転問題こそまさに間接民主制が機能する絶好の機会であると言えます。それにもかかわらず小池都知事が【住民投票】に結果を委ねたとしたら、それは極めて無責任な行為であると考える次第です。
そして、築地と豊洲の比較について、小池都知事の【ダブルスタンダード】が極まったのは2017/03/03の記者会見のやり取りであると言えます。ここでは詳しく言説に番号をふって分析してみたいと思います。
記者
今週、築地市場の敷地内の土壌調査で、環境基準の2.4倍のヒ素などの有害物質が検出されたことが分かりました。東京都は、アスファルトと土で覆って人体に影響はないとしております。その一方で、昨日なのですけれども、日本維新の会が小池知事に対して、豊洲移転を速やかに決断するよう求める提言書を東京都に提出しました。その中で、コンクリートやアスファルトで覆われており、土壌汚染対策法などの法令上の問題もないのは豊洲市場も同じであると指摘がありました。こうした指摘に対して、まず小池知事はどういうふうに受け止めるのかという所感をちょっとお伺いさせていただければと思います。
小池都知事
(1)指摘はそれぞれの政策的な目的でなさっているかと存じます。そして、築地につきましては、先ほどご紹介のあった数値でございますけれども、法的な安全性は満たしていると、このように考えております。(中略)。豊洲については、ご承知のように再調査がまさしく行われて、採水が行われ、そして間もなくモニタリングの、クロスチェックの上で結果が出されるということになっておりますので、(2)こちらを待ちたいと考えております。一つひとつ丁寧にやっていくことが、私が常に申し上げている安全と安心、(3)安心は特に消費者の信頼をいかにして確保するかということがポイントでございますので、これを丁寧にやっていくということで、この作業をしっかりと取り組むということであります。
記者
築地市場と豊洲市場の話です。ちょっと知事の回答が分かりづらかったので。要するに土壌の中から有害物質が検出されて、環境基準に。その上はただコンクリートが埋まっているというのは豊洲も築地も同じ状況にあるわけなのですけれども、これは何か違いがあると知事はお考えになっているのか。安全・安心の。
小池都知事
例えば豊洲につきましては、(4)覆われているといいましても、その間に、例えばモニタリングを延長したことによって、盛土すべきだと言っていた部分が、実はされていなかったとか、地下水のモニタリングについては、これは、私は延期の最大の理由にさせていただいた。地上と地下と分けるという考え方、それが一体、消費者としての理解とその選択に、(5)実際に消費者はそれだけ合理的な考え方をしてくれるのかどうかというのはクエスチョンマークだと思っております。(中略)(6)地上と地下で分ける云々の話は、そういう論もあるでしょう。しかしながら、消費者がそうやって、「これは地上です」「地下です」と考えてくれるかどうかということに多くの努力を割かなければならないと、こう思っております。
記者
築地に関しては、専門家会議をつくるというのは考えていないのですか。
小池都知事
築地については、かつていろいろな地歴等の問題もございました。これは、既にやって行われている部分と、それから法令が変わってきた部分でカバーできていなかった部分とがございます。豊洲だってそうです。30メートルメッシュでやってきたときと、10メートルメッシュのときとは違ってくるわけです。法改正があるわけです。それによって安全の基準というのも変わっていくわけです。そういう中でも、(7)豊洲がもともとはガス工場であったことには変わりがないということでございます。では、築地はどうなのだということで、かつては安全だったと、平成3年の記録では出ておりますが、今回、必要に応じてボーリング調査などをすることによって、今も使われている築地市場が安全だということをきちんと証明していくのも、家主である東京都の役割だと考えておりますので、こちらの方もしっかりやらせていただこうと思っております。
(1) はっきり言って「政策的な目的」として豊洲移転を【ポピュリズム】に使ってきたのは小池都知事であると考えます。このケースにおいては、日本維新の会の指摘の内容が論理的であるのに対して、小池都知事の反論は明らかに非論理的です。論理的な言説は普遍性を持つので政策目的に依存しないのに対し、非論理的な言説は論者の瑕疵か、あるいは論者の意図、すなわち政策目的によるものです。あえて言わせていただきますが、何でも言えば通ると思ったら大間違いです。
(2) 築地は調査しなくても【安全】【安心】が得られているのに対して豊洲は調査しないと【安全】【安心】は得られないというのは完璧な【二重基準】です。
(3) 「安心は特に消費者の信頼をいかにして確保するか」というのであれば、マスメディアから発信力があるとお墨付きをもらっている小池都知事が、既に専門家会議が結論付けている「地上は安全」という見解を大いに広報することができたと言えます。
(4) 事業主体が、【安全】とは関係のない根拠によって【安全】である事実を否定するのは、極めて不合理であると言えます。
(5) 「地上と地下と分けるという考え方に消費者が合理的な考え方をしてくれるのかどうか」というのは明らかに消費者を愚弄していると同時に説明責任を放棄していると言えます。
(6) 「地上と地下で分ける云々の話は、そういう論もあるでしょう」というのは、小池都知事が科学的根拠とすると宣言した「専門家の見解」を明らかに軽視していると言えます。小池都知事は、専門家の見解を軽視する理論的根拠を明確にする必要があります。
(7) 「豊洲がもともとはガス工場であったことには変わりがない」というのは、「ダメなものはダメ」という【同語反復 tautology】を論拠とする【不条理に訴える論証 argumentum ad lapidem / appeal to the stone】を連想させるものです。そもそもこのような言い方の深層心理には「他人が使った箸は不浄だから使わない」とする日本独特の考え方があると推察されます。たとえ他人が使っても、清潔に洗浄されたフォークとナイフを使うのはまったく合理的な行動であると考えます。結論が不明ですが、結局、築地でも専門家会議を作るのでしょうか?
言説が次々と論理破たんする中、ついにはこのような言説が飛び出しました。
小池都知事、「第三の道考えず」=築地市場移転問題で [時事通信 2017/03/14]
小池氏は、土壌から環境基準を超える有害物質が検出された築地市場について「安全だからこそ現在営業している。築地は安心安全だと申し上げたい」と強調。豊洲市場の安全性に関しては「法的に求められている点はカバーしている」と認めつつ、「法令を上回る措置を講じるというのが都のこれまでの意思ではなかったか」と述べた。
小池都知事が「築地市場は今も使われていることから安全安心だと宣言できる」というのは「自衛隊の活動している所は非戦闘地域」と同じ不合理な言説です。なぜなら、いずれの言説も、言葉を【再定義 redefinition】しているだけに過ぎないからです。小池都知事の価値観で考えれば、小池都知事は、トラックが低速走行する荷卸し場の空気とダイレクトにつながっているオープン型の築地市場を今すぐに閉鎖するとともに専門家会議を組織する必要があります。都民の食の安全を確保するのであれば、現在営業されていない豊洲市場の環境調査よりも、現在営業されている築地市場の環境調査を優先する必要があることは火を見るよりも明らかです。
以上のような小池都知事の発言に対して、都議会でも質疑が行われているようです。[こちらの動画]を観る限り、小池都知事の答弁は、本当に残念ながらボロボロでグダグダであると私は考えます。
なお、情報公開の問題として、専門家会議の内容が事前にマスメディアに漏洩するという「事件」が続いています。専門家の解説もなしに「100倍超」という値だけが世間に流布することは、数字を独り歩きさせ風評が拡大する可能性があります。今回の事態を招いた最も大きな要因というのは、小池都知事の言葉をそっくりお借りすれば「東京都のガバナンス、責任感の欠如」ということになります。小池都知事は、小池都知事のこれまでの宣言通り、「誰がリークしたのか徹底的に調べて厳しく処分する」必要があるのではないでしょうか。
安全と安心と築地と豊洲
【環境基準】は、実際には、科学的な【安全】と合理的な【安心】の両方を織り込んでいるにも拘わらず、それを無視して、【環境基準】では都民は【安心】しないとするのが【安心神話】です。そして極めて恣意的に、この【安心神話】を豊洲市場にのみ適用して、築地市場は問題視しないというのが小池都知事の現在までの判断であると言えます。
豊洲移転問題の「安全」「安心」に関する小池都知事の言説が論理破綻していることは自明であると同時に、築地市場と豊洲市場の安全性に関するスペックを科学的に比較すれば豊洲市場が優れていることは自明です。しかしながら、この自明を唱えた石原元都知事の言説が不合理に否定されている現状を見ると、豊洲問題においては深刻な【沈黙の螺旋 Spiral of silence】がすでに形成されていて、【孤立への恐怖】から豊洲移転を賛成できないような空気が有権者に蔓延しているのが現状と考えられます。
しかしながら、インターネットにおける丁寧な議論によって、徐々に小池都知事の論理の不備が
指摘されるようになってきました。この空気を得意の感性で感じたのか、小池都知事は突然次のような発表をしました。
争点にするかどうかということでありますけれども、これについては、争点というか、都民の皆さんに、これまでのずっと経緯も含めて、争点というか、やはり都民イコール消費者であり、業者の方々ということであります。ですから、それが第一の争点で、そのための都議選にするというのは、ほかにもテーマいっぱいありますから、ですから、それそのものを掲げて旗印にどうこうということは考えておりません。
つまり、小池都知事は、豊洲移転問題を都知事選の争点から外したということです。これは合理的な判断であると言えますが、これで幕引きにはなりません。豊洲市場の風評拡大に多大な貢献をした小池都知事には、事業主体としてこの風評を払拭し、豊洲市場の安全性と安心を論理的に説明する責任があります。科学的に不合理な理由で独断で移転を延期したことも問う必要があると考えます。いずれにしても今後の動向を見守ることが重要であると考えます。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2017年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。