「世論調査」に騙された2人の英首相

長谷川 良

8日実施された英国下院(定数650)の前倒し選挙は過半数(326議席)を獲得する政党がいないハング・パーラメント(宙ぶらりん議会)を生み出し、欧州連合(EU)離脱交渉でメイ首相がこれまで主張してきたハード・ブレグジットから労働党が支持するソフト・ブレグジットに変更を余儀なくされる可能性すら出てきた。

▲政権を継続していく決意を表明するメイ首相(BBC放送の中継から)

メイ首相が4月18日、下院の前倒し総選挙を決定した時、同首相は「弱い政府ではEUとの離脱交渉で英国の利益を擁護できない」と強調し、下院選に圧勝して政権基盤の強化を狙ったが、英BBCの報道によれば、保守党は第1党の地位を確保はしたが、議席の過半数を維持できず、解散前の330議席から319議席と11議席を失った。この結果、今月19日からブリュッセルで開始するEUとの離脱交渉の日程にも影響を及ぼすことが予想され出した。

BBCが報じた暫定選挙結果によれば、指導力のないと酷評されてきたジェレミー・コービン党首の労働党は261議席を獲得し、解散前の229議席から大幅に議席を伸ばした。第3党には北部スコットランド地域の「スコットランド民族党」(SNP)が35議席、EU残留派の自由民主党(LD)12議席、そして北アイルランド「民主統一党」(DUP)が10議席だった。

なお、メイ首相は9日午後(現地時間)、首相官邸前で、「わが国は安定した政府が願われている。DUPとの連立政権を発足させ、予定通り、EU離脱交渉に臨む」と述べ、政権の続投を明らかにした。

次期下院選挙は本来、2020年実施だったが、メイ首相は3年も前倒しで総選挙に打って出たわけだ。結果論になるが、不必要な賭けだったと批判されても仕方がない。保守党内ばかりか野党からもメイ首相の辞任要求の声が出てきている。

英メディアは9日、「メイ首相の賭けは失敗した」といった見出しで報じている。新政権の発足まで英国の政情は不透明さが深まる。下院選挙で安定した英政府が誕生すると期待してきたブリュッセルにとっても想定外の結果となった。交渉開始の延期も囁かれている。

ちなみに、メイ首相の苦戦について、①過去3カ月間、3件のイスラム過激派テロ事件が発生したが、メイ首相が内相時代、警察官数を削除するなど、治安対策で問題があったと報じられ、首相の指導力に疑問符がつけられた、②保守党のEU離脱交渉への有権者(約4690万人)の不信が強かった、③EU離脱を問う国民投票では棄権した若い有権者が今回は労働党を支持した、④保守党の公約、国内の厚生福祉政策への批判、などが挙げられている。

ちなみに、独誌シュピーゲルは「メイ首相は聖職者の家庭で育ったが、国民に冷たい指導者といったイメージが定着してきた」と指摘している。EU問題では残留派だったメイ首相が首相に就任するとハードな離脱交渉を表明したことに対し、政治的信条の一貫性のないことに対する批判の声が少なくない。

オーストリア日刊紙プレッセ(9日)は、「次期政権が直面している課題はEU離脱交渉やテロ対策だけではない。英連邦の存続が問われてきたのだ。スコットランドでは民族派が独立を問う国民投票の実施を要求してきた一方、北アイルランドではEU離脱後の将来を懸念する国民が増えている」と指摘している。

“ストロング”で“ステイブル”な政府の擁立を目指したメイ首相の政治的賭けは敗北した。メイ首相の前任者、キャメロン首相は世論調査の結果を信頼し、EU離脱を問う国民投票を敢えて実施したが、結果は世論調査に反し、離脱が過半数を占め、キャメロン氏は辞任を強いられた。同じように、メイ首相は労働党と20ポイント余りの大差があるという世論調査を信じて前倒し選挙を決意した。その結果、議会の過半数すら失ってしまった。保守党の両党首は世論調査に騙されて、政治的賭けに出たわけだ。政治家は世論調査にくれぐれも惑わされてはならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。