クラフトビール勃興にみる、政治とビールの際どい関係

2017年06月10日 13:00

CK Golf/flickr

首都圏は梅雨入りはしたものの、晴れ渡る東京は10日に30度を超え、もう夏の陽気だ。きのうキリンビールのPRに携わっている知人からクラフトビールの売り込みが来て、飲料業界もハイシーズンに向けてプロモーションをもう本格化させる時期なのね、と夏の訪れを妙に実感した(その辺の事情を書いているのでこの記事はステマではない、笑)。

ただ、困ったことに感想の一つでも書いて差し上げようにも、私は日頃ビールを極力飲まない。さほど親しくない人との宴席では「最初のビールは一杯」の風習にはおつきあいするが、昔からあの苦味にはどうしてもなじめないのだ。気のおけない仲間内の飲み会なら、一杯目は梅酒のロックなり、カクテルなりに走っている。

そんな“アンチビール党”の私だから、そもそものクラフトビールの定義すら存じておらず、知人からもらったキリンの資料を眺めてみたのだが、これが政治やビジネスの動向をウォッチする私にとっても意外に興味深いことが書いてあった。

“金のなる木”か“問題児”か、期待の星なクラフトビール

ビール好きには釈迦に説法で申し訳ないが、クラフトビールの定義は、クラフト(工芸)の名が示すように、職人がこだわりの素材と製法による創意工夫で生み出すビールで、大量生産型と区分している。キリンの調査では、国内のクラフトビールの生産量(2016年見込み)が、3年間で20,000kl→37,000KLと大幅に伸びている。都内でもクラフトビールの専門店が増えている。

一方で、酒業界に詳しくない私でも、そもそものビール市場が衰退傾向というのは知っている。ビール大手5社が今年1月に発表した調査では、12年連続で過去最低の出荷量となっている(時事通信より)。

時事通信より引用

クラフトビールといえば、米国ブルワーズ協会での定義の一つが「小規模醸造所での精製」でもあるように(参照サイト)、「地ビール」的な印象が強いのだが、キリンのような大手が売り込みに力を入れるのは、成熟・衰退気味の市場にあって「期待の星」なのだろう。昔、グロービスで習ったBCGのプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントに当てはめるならば、業界全体が「金のなる木」(低成長、高シェア)、会社によっては「負け犬」(低成長、低シェア)とも言える情勢下、「花形」(高成長、高シェア)もしくは「問題児」(高成長、低シェア)という次代につながる分野と位置付けられるのかもしれない。

Globis.jpより

なお、資料を提供してきたキリンビールのクラフトビールの近況をお義理で少し紹介すると、6月下旬に米国製の「ブルックリンラガー」のビンを売り出し、すでに1月からは、東京、神奈川、埼玉、千葉の飲食店では、地域の業者が作った商品も含めたクラフトビール専用のディスペンサーを展開しているようだ。

ターニングポイントとなった規制緩和

もうひとつ、ビールに詳しくない私が興味深かったのは、クラフトビールの市場のこの四半世紀の歴史だ。キリンの資料には、ベテランの醸造技術者のインタビュー記事が載せてあり、それによると、現在のクラフトビールブームを語るには1994年の「ビールの最低製造数量の規制緩和」は欠かせないという。

これはどういうことか。他社や業界団体、専門家のサイトも覗いてみたのだが、94年当時、最低製造数量が2000kl→60klへと大幅に引き下げられることで小規模事業者が参入しやすくなり、各地で町おこしのコンテンツとして続々と「地ビール」が誕生。まさに百花繚乱状態で90年代後期はブームとなったわけだが、当然、規制を緩めた分、業者も製品も玉石混交状態となり、粗悪品を作る輩もいて“地ビールバブル”はあっけなく崩壊。当時を振り返った週刊ダイヤモンドによれば、1998年のピーク時には300社以上あった業者は、2003年頃には200社を下回ったという。

しかし、適切な市場原理は働くもので質の低い業者が淘汰され、残った業者が醸造技術の経験値を蓄積。地元のレストランでの消費から小売展開へのビジネスモデル転換を進めた。また、ベルギービールの普及で、消費者が高品質のビールに目覚めたこともあって“新しい市場”形成につながった。

「アンチビール党」という私でも、実はベルギー産のクラフトビールならお代わりできるだけ飲める。それもつい去年気づいた。それまで「ビール=苦くてまずい」と敬遠してきたのだが、港区内のクラフトビールバーで、妻の勧めもあってフルーツビールを試してみたところ、日本の大量生産型のビールとは全く異なる味わいに驚いた。キリンの資料や、業界のサイトを見ていると、まだまだ多様なクラフトビールがある。

規制とサービス享受の相関を考える好例

もちろん、規制緩和の「宿命」として、粗悪な業者・製品が出回り、それらが淘汰され、適切な市場原理が働いていくまでの一時的な社会的・経済的コストは、それなりに甘受せざるを得ない時期もあるが、政治家や役人が十数年のスパンで民間市場の先行きを占う能力はないのだから、過剰な介入はせず、最低限の安全性さえ確保するルールを設け、事後的に制御するくらいがちょうどいいのではないか。

ここのところ、加計学園問題の影響で特区や規制緩和に関してネガティブな報道もあるが、クラフトビールの市場が勃興してきた歴史を振り返ると、政治や行政の差配次第で、企業の商品開発、消費者が享受できる恩恵の程度といった振れ幅がいかに変動することを改めて思い知る。もし1994年の規制緩和がなければ、甘い味わいのクラフトビールに出会うこともなく、私は「アンチビール党」の熱烈な支持者のままだっただろう(今は少し変わった)。

参考サイト:クラフトビール東京

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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