政治家の「信仰」

欧州に居住していると、人がどの宗教を信じているか気になる時がある。欧州では南欧はローマ・カトリック教、北欧はプロテスタントが支配的だ。欧州知識人の中で最近増えているのは不可知論者だ。無神論者の中には以前はキリスト教徒だったという人が多い。生まれた時から無神論者だったという人は稀だ。何かを信じていたが、その信仰を途中で失っていく。彼らの多くは、「神は死んだ」というのではなく、「教会は死んだ」と叫んで出ていく。

16日に死去したコール氏を弔問し、記帳するメルケル独首相(ドイツ連邦政府の公式サイトから)

16日に87歳で亡くなったヘルムート・コール氏は熱心なカトリック信者だった。彼は在職中、故ヨハネ・パウロ2世を謁見しているし、政界から引退後もベネディクト16世と会っている。

コール氏のハンネローレ夫人はプロテスタント信者だった。コール家庭で新旧キリスト教が東西両ドイツの再統一に先駆けて実現していたわけだ。コール氏は奥さんと41年間、連れ添ってきた。

欧州統合への熱意や東西両ドイツの再統一への不動の決意は神への信仰がその土台となっていると、コール氏はどこかで語っていた。東西ドイツの再統一は決して安易な課題ではなった。ほぼ不可能と思われていたが、コール氏はフランスのミッテラン大統領と個人的な信頼関係を築く一方、ゴルバチョフソ連大統領(当時)とも深い人間関係を構築していった。その土台で東西両ドイツの再統一という偉業を成し遂げたわけだ。

政界から引退後のコール氏に会ったロシアのプーチン大統領は、「政治家としての自分を再度考えさせてくれる出会いだった」と述懐している。ちなみに、プーチン大統領は「敬虔なロシア正教徒」だという。旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身の同大統領はロシア正教会の洗礼を受けた経緯を語ったことがある(「プーチン氏は神を信じているか」2013年11月26日参考)。

最近では、米トランプ大統領はプロテスタント信者と聞く。奥さんのメラニア夫人はカトリック信者だ。バチカンでフランシスコ法王を謁見した時、メラニア夫人の顔が輝いていたのがとても印象深かった。“ペテロの後継者”と会っている、という喜びがカトリック信者の夫人から感じられた。バチカン放送が掲載した写真を見る限り、トランプ大統領も少々紅潮していた。ローマ法王との出会いはやはり特別なのだろう。

政教分離が進む欧米社会では政治家が自身の信仰を証す機会は余りないが、強い信仰を有する政治家が多い。メルケル独首相は福音主義教会の牧師家庭で成長した。メイ英首相の父親は教区牧師だった。フランシスコ法王に親書を送った韓国の文在寅大統領もカトリック信者だ。文大統領はフランシスコ法王に南北間の調停役を依頼している。

日本の政治家でキリスト信者といえば、大平正芳元首相(聖公会信者)や麻生太郎元首相の名前しか浮かんでこない。日本の政治家の場合、自身の宗教について公けの場では語らないだけで、信仰を有している政治家は多いと聞く。永田町で修羅場を乗り越えて行くためにはやはり何らかの信仰が不可欠なのだろう。

参考までに、フランシスコ法王は韓国を訪問したが、隣国日本の訪問はまだ実現していない。当然かもしれない(「ローマ法王の訪韓に期待すること」2014年8月14日参考)。羊飼いが羊のいないところに行ってもあまり役に立たないからだ(「日本の信者は教会の教えに無関心」2014年2月23日参考)。

当方が住むオーストリアには不可知論者を堂々と宣言する政治家が少なくない。フィッシャー前大統領がそうだったし、「緑の党」元党首だったバン・デア・ベレン現大統領も最近は不可知論者になったという。「自分は無神論者だ」と堂々と宣言する政治家は欧州では少ない。

日本の政治家は欧米の政治家と会見する際、たとえ事実であったとしても「自分は無神論者だ」といわないほうがいい。軽蔑されても尊敬されることはないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。