プーチン氏は神を信じているか --- 長谷川 良

アゴラ

ロシアのプーチン大統領は11月25日、バチカン法王庁を訪問し、ローマ法王フランシスコを謁見した。同大統領のバチカン訪問は2007年3月、前法王べネディクト16世と会合して以来。フランシスコ法王とは初の会合だ。

ロシアとバチカン両国は1991年以来、外交交流を始め、正式の外交関係樹立は2010年夏以降だ。プーチン大統領は3月、フランシスコ法王の選出を歓迎し、「両国間の建設的な関係の継続を確信している」と表明している。バチカンからの情報によると、フランシスコ法王とプーチン大統領との会合では、シリアの内戦問題を含む中東問題について意見の交換が行われたという。


ところで、バチカンとロシアの両国関係は冷戦後、もうひとつパッとしない、というより、停滞してきた。その主因は両国間に大きな障害が横たわっているからだ。ズバリ、ロシア正教会の強い抵抗だ。ロシア正教会側は機会のある度に、「共産政権時代で弱体化した正教を尻目に、カトリック教会は正教圏内の宣教活動を強化している」と、バチカンを激しく批判してきた。また、ウクライナ西部の東方帰一教会の活動もバチカンとロシア正教会間の争点となっている。
 
一方、ロシア正教はプーチン大統領の庇護を受けその勢力を回復してきた。プーチン大統領はロシア正教を積極的に支援し、国民の愛国心教育にも活用してきた。プーチン氏自身も教会の祝日や記念日には必ず顔を出し、敬虔な正教徒として振る舞ってきた。プーチン氏はロシア正教会復興の立役者といってもいいだろう。

しかし、プーチン大統領といえども、正教会を怒らせることはできない。だから、バチカンとロシア正教会の関係が改善されない限り、プーチン大統領もローマ法王をロシアに招請することは難しいわけだ。

(キリスト教は1054年、ローマ法王を指導者とするカトリック教会(西方教会)と東方の正教会とに分裂(大シスマ)し、今日に到る。両教会間には神学的にも相違がある。例えば、正教は聖画(イコン)を崇拝し、マリアの無原罪懐胎説を認めない一方、聖職者の妻帯を許している。しかし、両派の和解への最大障害は、正教側がローマ法王の首位権や不可謬説を認めていないことだ)

旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン大統領はロシア正教会の洗礼を受けた経緯を語ったことがある。それによると、「父親の意思に反し、母親は自分が1カ月半の赤ん坊の時、正教会で洗礼を受けさせた。父親は共産党員で宗教を嫌っていた。正教会の聖職者が母親に『ベビーにミハイルという名前を付ければいい』と助言した。なぜならば、洗礼の日が大天使ミハイルの日だったからだ。しかし、母親は『父親が既に自分の名前と同じウラジーミルという名前を付けた』と説明し、その申し出を断わった」という(「正教徒『ミハイル・プーチン』の話」2012年1月12日)。

ちなみに、ロシアの「モスクワ社会予測研究所」の社会学者タルシン氏の調査によると、ロシア人が再び宗教に関心を持ち出し、無神論者は過去15年間で半減する一方、定期的に教会に通う信者数は4倍化したという。同氏によれば、ロシア国民の約62%がロシア正教徒、7%がイスラム教徒、1%強が他宗派の信者だ。「自分は無神論者だ」と認識している国民は15%。そして、14%の国民が具体的な宗派には所属していないが、創造主としての「神」を信じている。定期的に礼拝に参加している人は9%だ。冷戦終焉直後、「ロシア軍兵士の約25%が神を信じている」という意識調査が明らかになったことがある。

なお、プーチン大統領のバチカン訪問は今回で4回目だ。旧ソ連共産党出身でKGB幹部だったプーチン大統領はロシア指導者の中でもバチカン詣での回数は圧倒的に多い。プーチン氏は案外、自身も認めているように、敬虔な正教徒かもしれない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。