小さくもうけて大きく損する日本人:『反脆弱性』

池田 信夫
反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方
ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社
★★★★★


タレブの新しい本の邦訳がやっと出た。Antifragileは彼の造語で、セキュリティの話みたいだが、本書の内容はその逆に、不安定性(volatility)のすすめである。前著『ブラック・スワン』より難解だが、この概念のヒントを彼は日本から得たという。福島第一原発事故に、彼はこうコメントした。

日本人は小さな失敗をきびしく罰するので、小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくてまれな失敗を無視する。アメリカは小さな失敗にも大きな失敗にも寛容だ。私は大きな失敗はよくないと思うが、小さな失敗はむしろ好ましいと思う。イノベーションは、小さな失敗の積み重ねだ。[…]不安定を恐れることが世界を脆弱にしている。自然は不安定性をもっているので、それを抑圧すると爆発するのだ。

経済学者は景気対策でGDPの変動をならすことが政府の仕事だと思っているが、それは逆だ。グリーンスパンが実現したGreat Moderationで景気循環がなくなったと思われたが、それは間違いだった。現代社会は多くの変化に満ちており、マクロ指標だけを見てそれを安定化することは、変化を抑圧して破局的な結果をもたらすのだ。

次の図は縦軸に投資リターンの期待値、横軸にその分散(volatility)をとったものだ。CDS(倒産保険)のようにめったに起きない出来事のリスクをヘッジする証券は、通常は小さなリターン(保険料)を得ることができるが、金融危機で右端のように非常に大きなテールリスクが顕在化した場合には大損害をこうむる。


タレブは、このような脆弱性は近代の生み出したものだという。近代科学は自然をコントロールする方法を発見したが、社会はそういうメカニカルな方法では管理できない。社会現象は物理系のように一定の均衡に収斂するエルゴード性を満たしていないので、平均や分散は意味をもたないからだ。

社会はブラック・スワン的なベキ法則に支配されているので、答を解析的に求めることはできず、多くの試行錯誤によって発見するしかない。それを管理したつもりになると、福島のような落とし穴が待っている。日本人は小さくもうけて大きく損するが、小さな失敗を重ねることが大きなイノベーションの条件なのだ。